私は完全に文系女である。数学は苦手だし、理科の授業は家で眠るよりも熟睡できた。目覚めたときの白色蛍光灯の灯りがとても気持ちよかったのを今でも覚えている。
そんなことはどうでも良いのだが、人はとかく自分と正反対の人物に興味を示す生き物である。
例に漏れず私もその一人。20代後半にして、結婚を誓い合った仲のその人は、完全理系の理屈っぽい人だった(別に理系が理屈っぽいとか言いたいわけではなく、単にその人が理屈っぽかったということだけ付け加えておく)。

その理系男と出会う前の私の恋愛遍歴はそれなりに奔放であった。
彼氏という人物は居たものの、付き合っていた期間3年半の内、別れた回数20回以上。もはや付き合っていたかさえ怪しい。
その上その人との3年半で他の人と重なり合った回数も数知れず。ちなみにさらにその内の何人かとは確か付き合っていたはずだが、名前が全く出てこない(わが友人たちよ、もはや顔すらも出てこないその人物たちを話題にして酒の肴にするのはお止めなさい。)。
そうこうして一応彼氏だったその人とは、そんな適当な気持ちでの付き合いが結婚に至る筈も無く、私が振る形で完全に別れることとなった。

ゲーム感覚だった恋活を、本気の婚活にシフトして

今思えばよくそんなに(色々と)元気だったなあと我ながら感心するのだが、周りの結婚がちらほらと出始めたからか、そろそろ落ち着きたいという気持ちが芽生えてきた。
それまで今日はどんな獲物が狩れるかとゲーム感覚だった恋活を、本気の婚活にシフトし出したのは言うまでもない(ただ、今思うと本気2割、単純に彼氏欲しい願望8割くらいだったかもしれない)。そうして参加した婚活パーティの流れで登録した出会い系のアプリで、件の理系男と出会った。

彼は顔と体つきが分かるアイコンだったのだが、他撮りの写真にしては驚くほど美形。ボルダリングが趣味というだけあり細身ながら筋肉質。なかなか高学歴で職業も安定的。プロフィール記載の身長は私とどっこいどっこいだったが、そこは目を瞑ろう。
私はこのイケメン男を狩るべく、それまで無駄に積み上げてきた恋愛経験をフル活用。付かず離れずのアプローチを続け、程なくして会う機会にこぎつけた。

付き合って半年で同棲開始。両家族への挨拶も済ませた

結果会ったその日に致してしまったのだが、もれなく付き合うこととなる。
同じ轍は二度と踏むまいと、遊びたい気持ちをぐっと堪え彼一筋の毎日。実家暮らしの私が一人暮らしの彼の家に行っては、慣れない家事をこなしたりもした。
「君に料理を任せると毎日肉料理になりそうだね」。それはお前が魚料理しか作らねぇからだよ……という気持ちもついでに堪えて、これもすべて結婚の為だと、笑顔でかわしていた。

彼の家に転がり込む形で付き合って半年で同棲開始。同棲をする以上親への挨拶は必須だということになり、両家族への挨拶も済ませる。
「これで安心できます。」と彼に話している母を見て、こっそり遊んでいるつもりだったけれど、心配と迷惑をかなりかけてしまっていたのだなと心が痛んだ。
程なくして、結婚後は手狭になるであろう彼の家から広めの新居へ移ることにした。
物件を見たり家具を見たり、毎日がそれなりに楽しかった。後は彼からのプロポーズを待つのみ。結婚までのシナリオは驚くほど順調に進んでいるように思えた。
彼の言葉の端々に見え隠れする私自身を蔑むような感覚、やたらとケチな金銭感覚に若干の嫌気は差していたものの、親にも紹介した手前、後戻りするという選択肢は無かった。

会社の飲み会で泥酔して帰宅した彼。垣間見えた彼のもう一つの顔

そうして数週間後には新居へ移ろうというある日、事件が起きたのである。
その日彼は会社の飲み会でかなり酔った状態で帰ってきた。
お酒はお互い好きで毎日と言って良いほど共に晩酌をしていたし、それなりに酔っ払った彼を見たことはあったのだが、その日の酔い方はひどかった。

別に私自身に手を上げられたわけではない。ただ、会社に対しての鬱憤を、壁の薄い家、しかも夜中ということを考えるとあり得ない声量で怒鳴り散らしている。
足取りはそれなりにしっかりしているものの、思考回路は完全にいかれているようだった。怒鳴り散らしたかと思えば壁を殴る蹴る。
恐怖と身の危険を感じた私はベッドに隠れ寝たふりをするも、彼は私の元へ駆け寄ってきたかと思えば行為を強要してきた。なんとか振り解いて落ち着かせることができたが、翌朝私は荷物をまとめ家を出た。

私の父親は酔うと私以外の家族に手を上げる人間だった。毎晩何かが壊され、母の顔や体には青痣が耐えなかった。怒鳴り声が響いたかと思うと、猫なで声で私に話しかけてくるその人を見て、幼心にこれは本当に人なのかと疑問を抱いたのを覚えている。

そんな過去を一瞬にして体現したかのような夜だった。

暴力を振るう男性への恐怖心は私自身を守るもの。逃げることも選択肢の一つ

「俺は君の父親とは違う。頼むから許して欲しい」と懇願されたが、私のベースに潜む男性への恐怖心は一生消えることは無い。
この恐怖は単なる足枷ではなく、私自身を守るためのものだったのだと気付かされた。
1年半の付き合いで得たたくさんの幸せな思い出を引き合いにしても、共に歩むこれから先の未来に潜む危険を天秤にかけ、私はそのまま彼から逃げることを選択したのだ。

一夜の出来事、傍から見ればほんの少しの亀裂かもしれないそれを、ふる理由にしたことに全く後悔もしていなければ、申し訳ないことをしたとも思っていない。私は私の最善を選んだまでである。
もし同じような境遇の人がいたら、ぜひとも逃げることも選択肢の一つにして欲しいし、逃げることに罪悪感を抱く必要はないと強く伝えたい。

そう言い聞かせるも、私は単に逃げた理由を正当化したいだけなのではないだろうか。果たして本当に恐怖心からのみ選んだ選択肢だったのだろうか。今となっては分からない。