19歳夏。私は振られた。理由は簡単だった。分かれた進路、新しい環境、忙しい毎日に会えない日々。一緒に過ごした4年間は、そんな些末な変化にすら耐えてくれなかった。もう駄目かもしれないと思い始めてから数ヶ月が過ぎ、先に根を上げたのは向こうだった。
それでもしがみついた。泣きながら説得し、怒りながら問い詰め、最後には笑いながら脅した。どうしてもしがみついていたかった。でも無理だった。

傷心の私を知ってか知らずか、花火両手に走り回っていた猿のような男

空っぽの半年が過ぎた頃、突然facebookのダイレクトメッセージが届いた。振られた直後、私を励ます為に「花火しよう!」と集まってくれた友達の、友達。私の傷心を知ってか知らずか、友人らと勝手に騒ぎ、花火両手に走り回っていた猿のような男。何度無視を重ねても続いた、猿からのメッセージ。
根負けした私は友人を誘い何度か食事に行き、次第に二人で会うようになった。そこからはあっという間だった。一人暮らしの彼の家に転がり込んだ。

愛じゃなかった。
私を振った男を忘れられずにいることを、ありのまま打ち明けた私を、彼は泣きながら抱きしめた。
生活は続き平凡な毎日に慣れた頃、私を振った男から突然の連絡。「会って話したいことがある。」私は動揺し、動揺し、動揺した。会うと決めたときの彼の顔は今でもよく覚えている。

居酒屋の個室。ずっと忘れられずにいた人。向き合って話すと、途端に懐かしさに涙が出そうになった。この瞬間をずっと待っていた気がした。
よりを戻したい、と言われたとき私は思った。この瞬間を待っていた。私を送り出してくれた彼の少し歪んだ笑顔を見るまでは、きっと。

振った男を振り、逸る気持ちを抑えながら彼の元へ。完全に愛だった。

ほとんど口をつけていないビールに、上の空で注文したありきたりな居酒屋メニュー。不自然なほどの早さで帰る私に、怪訝そうな店員の顔。
私を振った男を私は振り、逸る気持ちを抑えながら彼の元に帰った。彼はまた泣きながら私を抱きしめた。
もう、完全に愛だった。

二人の為の部屋を借りた。時期を同じくして彼は職場を変え、私も就職。技術職の彼はいつも明るくなる前に出勤し、私よりも遅く帰宅した。私はご飯を作り掃除をし洗濯物を干しながら彼を待った。

ある時、私の実家で火事が起きた。火の不始末だった。家の中には犬が一匹。消防隊員の怒号の中、泣き腫らした視界の悪い目で、犬を抱えて出てきた彼を見た時、私は初めて本当のヒーローを知った。

そんなことがあってもなお、日頃の激務から家にいる時は寝てばかりの彼に不満を抱かずにはいられなかった。喧嘩ですらなかった。一方的に捲し立てられ謝る彼に、今度は悲しくなった。
今なら分かる。歯磨き一つ億劫で、ベッドまで行けないほど重たい体。入浴中のうたた寝。脱ぎっぱなしの靴下に、食べたままの食器。

未熟だった私は、理想とは程遠い生活を受け入れられず、別れを考えるようになった。
ある年のクリスマス、突然のプロポーズ。でももうその頃既に私は、幸せな結婚生活なんて夢にも見ていなかった。涙が出たのは、それでも嬉しかったからか、応えられない悲しさからか、正直今でも分からない。返事を保留にし、気まずい空気の中私たちは二人の家に帰った。

実家に帰り、目に見えてよくなった私の機嫌と、疲弊していく彼

それからも、変わらない日々。もう限界だと悟った。関係を保つ為には離れるしかなかった。愛か情かも分からなかったが、発展的解消だと信じたかった。彼は実家に帰る私をまた笑って見送った。

彼は片道1時間近くかけて私に会いに来た。目に見えてよくなった私の機嫌と、目に見えて疲弊していく彼。分かっていても、前の生活に戻りたいとは思えなかった。その時点で答えは出ていた。

私は、6年過ごした家で彼の帰りを待った。帰宅した彼はすぐに状況を理解し私の前に座った。

彼の愛情が重かった。毎日愛してると伝えてくれた彼を情けなくすら思った。大好きだった大きな手に触れられることに嫌悪感を感じるようになってしまった自分を殺してやりたい日々だった。気持ちに応えられないことが歯痒く、自分を責め、彼まで責めた。

全て話した後、彼は私を抱きしめ私も彼を抱きしめた。離れたくないと思った。泣きじゃくる私を宥める彼は泣いていなかった。抱きしめ合って謝り合った。長いことそうしていたように思う。冷静になり、滑稽な状況を二人して笑った。