高校1年の2月14日。私は生まれて初めて恋の告白をした。相手は同じクラスの子で、眼鏡が似合う優しい男の子だった。ピンクの箱に添えたラブレター。「返事はいつでも、何でもいい」と書いた。そしてそれは数日後にやって来た。

新たな目標に情熱を燃やし、未練を断ち切ろうとした。その矢先の悲劇

「ありがとう。でもごめんなさい。僕には今付き合っている人がいます」

LINEで届いた文面を見た瞬間、頭と心臓に電極を刺されたようなショックが突き抜けて、それから視界が涙で滲んだ。泣いた。一晩中泣いて泣いて泣いた。ヘヴィー級の恋は見事に手作りチョコと一緒に溶けた。

それから高2に上がった私は、その痛手を埋めるように趣味に邁進した。以前のエッセイで書いたゴスロリに出会ったのが丁度この頃で、私は新たな目標に情熱を燃やし、彼への未練を断ち切ろうとした。

6月中旬の小雨が降る夜。商店街にあるライブハウスで私はゴスロリデビューを果たした。可愛いメイクとお洋服で、大好きなアーティストの歌を聴く時間は最高に楽しかった。しかし直後に悲劇が待っていた。

家に帰り着いてから、私の精神状態は殆どお通夜のそれだった

――傘がない。

入り口の傘立てに置いてきた傘がない。来る時に差してきた、真っ黒な二段フリルの傘がない。頑張ってバイトして買った傘がない。今日のお洋服に似合う、究極最強に可愛いあの傘がない!

頭が真っ白になった。店中を走って探し回った。何故目を離してしまったのか。どうして中へ持って入らなかったのか。自分の不用心をいくら悔いても全ては後の祭りで、私は呆然と店を出るしかなかった。

大丈夫大丈夫、こんなこともある、仕方ない。必死に言い聞かせたけどダメだった。帰りの車の中で、とうとうボロボロ泣き出してしまった。運転席の母が事情を聴いて慰めてくれて、一言一言が胸に染みた。

家に帰り着いてから、私の精神状態は殆どお通夜のそれだった。喪失感で全身が海底に沈むようだった。何度目かに枕を濡らした夜。ふとあることに気が付いた。

「より多くの涙を流せるほうへ進む」という判断基準が決まった

あの人生初めての失恋の日、私はここまで深く悲しんだだろうか?

――いや、悲しんでいない。

私の中にいる彼の姿が、急速に遠くぼやけていった。そうか。結局その程度か。じゃあもういいや。一本の傘を失くす方が、一つの恋を失うことより辛いなら、私は傘の方に情熱を捧げよう。その方がきっと幸せが増えて、きっと辛いことが減っていく。

「より多くの涙を流せる方へ進む」

この先の人生、何を優先して生きるべきか。その判断基準がこの時決まった。

私が告白した彼は、本当に普通の男の子だった。普通に勉強を頑張って、普通に高校生活を楽しんでいた。元来偏屈な私には、どうしてもそれが出来そうになく、故に強烈な憧れがあったのだ。私の彼への恋心は、その憧憬が形作っていたと今なら分かる。

もし告白が成功していても、私は彼が生きる『普通』に耐えられない

もしあの時の告白が成功して、私と彼の交際が始まっていたらどうなっただろう。らちのあかない想像だけど、あまり上手くはいかなかったんじゃないだろうか。
彼は本当に優しい人だったから、こんな身勝手で薄情な私のことも大事にしてくれたかもしれない。でも私の方はきっとどこかで、彼が生きる『普通』に耐えられなくなる。

毎朝決まった時間に起きて、会社や学校に行ったり家事や子供の世話をしたりして、夜には家族におやすみを言って眠る。そんな生活はとても綺麗だけど、私はそれだけじゃ絶対にお腹が空く。
一着数万円の子供みたいな服や、訳の分からない奇妙な音楽、血塗れの死体ばかり出てくる救いようのない映画や漫画。沢山の大好きなものたちが恋しくて、飢えて死んでいく未来が見える。

この二つを両立させることはできない。自分の本性を取り繕って、左脳だけで屈託なく笑えるほど、私は器用にも真面目にもなれない。だから、もう振り返らない。私は私の涙を信じたい。

あの日消えた傘の残像を背負って、今日も明日もキーボードを叩くのだ。