わたしは、「皆が自分の生き方や生活を好きになれる世界」に少しでも近づけるようにと思って働いている。
 二十代の終わりに立つ今のわたしには、仕事でやりたいことがたくさんあるし、わくわくもしている。でも、働き始めてから最初の数年間は、そんな風には全く思っていなかった。

 大学生の頃のわたしは、仕事とは「生活に必要だから、仕方なく働く」ことだと思っていた。だから、就職先は「人の雰囲気が合いそうかどうか」で決めた。仕事はつまらなくても、せめて気が合う人たちと一緒なら、日々を乗り切れるのではないかと。

 それはある意味では正解で、またある意味ではまったくの不正解だった。
 まず、会社の人たちとはとても馬が合った。皆がわたしに良くしてくれたというのは大前提だが、人事が優秀だからなのか、比較的近しいタイプの人が集まっていたとは思う。学校の同級生だとしても、多くの人とはある程度仲良くなれたのではないか。
そして、その人たちと一緒であれば仕事はそれほど嫌ではなかった。ちっぽけなわたしなりにも成長を感じながら働けたし、仕事の後の飲み会は楽しかった。

「仕事楽しい?」と聞かれ言葉につまる。生き生きと働く人もいるのに

 でも、社会に出てからやっと気付くこともあった。世の中には仕方なく働いている人ばかりではない。目指す世界のために、情熱を持って生き生きと働いている人もたくさんいるのだ。
 週末に学生時代の友人たちと会っていて、「どう、仕事楽しい?」と聞かれた日があった。皆はめいめいに仕事を楽しく感じる場面のことを話している。大きなお客さんがとれて嬉しいとか、新しいサービスを作ったとか、採用の応募者を増やせているとか。
 わたしだけが言葉に詰まってしまった。楽しいわけではないけれど、に続く言葉を絞り出す。「生活に十分なお金をもらってるわけだからね、いい人たちと一緒に働けてるだけで十分」

 どうにも眠りにつけない夜が続いた。カーテンの僅かな隙間から街灯の光が差込み、天井に細く揺れているのを毎晩何時間も見つめていた。
生活に必要だから働く、それでいいんじゃなかったのか。知らないうちに、わたしは何かを諦めている。「社会人になったら、好きなことができないよ」「時間がなくなるよ」「学生のうちに遊んでおきな」かつて言われたそんな言葉を思い出していた。

私が諦めていたのは、生きていることに意味があるという納得感だった

 自分のためだけではなく、世界のためになる「目的」が欲しかった。わたしは自分が正しいと信じられることをしている、だから生きていていいのだ、意味があるのだと自分で納得したかった。わたしが諦めていたのは、その納得感だった。
 
 振り返ればわたしはいつだって、自分に納得ができないと、自分を好きではいられなかった。
 高校受験を考え始めた中学3年生のとき、わたしは東京に生まれなかった自分が嫌いだった。東京には良い学校も良い塾もたくさんあって、そのたくさんの中から選ぶことができるのに、こんな地方都市に生まれたばっかりに、選択肢がほとんどないじゃないか、と呪った。両親は「地元の学校でも十分良いじゃない」と言ったけれども、ここ「でも」いいで選ぶのは嫌だった。試験に落ちて入学できないのは納得できるが、たまたま生まれた場所が遠かったから入学できないのは納得できなかった。
 「お金がないから無理」も「女だから無理」も、それで選択を諦めたら自分が嫌いになってしまう。だからちゃんと勉強して奨学金をもらって、大学にも大学院にも行った。
「女優さんみたいにスタイルが良くないと無理」にも納得できないから、自分が着たいと思う服を構わず着てきた。自分を認められるよう、自分が納得できる選択をする努力をしてきた。

「なぜするか」が大事で、自分が納得して選択していればそれは幸せ

 ああ、だからわたしはずっと自分や誰かの「わたし/僕なんか」という言葉に悔しい気持ちを感じていたんだ。もっと自分を好きになって、もっと自分に自信を持ってほしいから。「わたし/僕だって」と思いたいから。
 ああ、だからわたしは「何をしているか」よりも「なぜそれをしているか」のほうが大事に感じるんだ。同じことをしていても、自分が納得して選択していればそれは幸せだし、納得していなければ何をしても好きになれないと思うから。

 だからわたしは、「皆が自分の生き方や生活を好きになれる」世界に近づくために働く。
 日々の苦労はそれなりに多いし、道はまだ絶望的に長い。でも、たくさん悩んで回り道をしてきた今のわたしだからこそ、もう迷わず目的地を目指すことができる。あとは進むだけだ。