わたしは女に生まれた。
それをハズレクジを引いたと何度も思った。そんなことを思いたくはなかった。

「女の子は給仕をしなくちゃ。男の人が食べ終わるまで我慢してね」母は私に謝った

テーブルには粒々と光るイクラに焼きたての牛肉!
「おかあさん、たべよう!」
親戚の集まりで空いている場所に座り母を呼ぶと、母は駆けてきて小声でわたしに謝った。
「ごめんね、女の子は給仕をしなくちゃ。お腹空いてるだろうけど、男の人が食べ終わるまで我慢してね」
そう言うと、母は忙しそうにキッチンをくるくる動き、呼ばれるとお酒を注ぎに行った。わたしは小鉢をよく知らないおじさんの前に並べた。

どうやら女性の食事は、男性が汚く食い散らかした残骸であるらしかった。イクラが皿の端で潰れて汁を吐いているのを見て泣きそうになった。
さぁやっとだ、と割り箸を割った時だった。
「コーヒーは?」
横柄な声が飛んできた。
「なんだ皆飯食ってんのか、いい身分だなあ。そんなに食うと豚になるぞ」
ーーーああ。
穴から落っこちたような気分だった。
「6人分な」
言い捨てたおじさんに、女性達は愛想笑いをして、ほとんど何も食べないまま、コーヒーを淹れ始めた。コーヒーがまだ出来ていないことを謝る人までいた。


わたしは結局お腹を空かせたまま帰った。
家に着くと、何一つ食べていない母が急いでわたしに食事を作ってくれたものだから、わたしはとうとう堪えきれず泣いた。
母はそんなに頑張らなくていいはずだった。

「女の子は賢くなくていいし控えめな方がいい。男を立てないと」祖父は私を咎めた

中学生の時のことだ。テストで学年一位をとった。喜んで報告した電話先で、祖父はわたしを咎めた。
「女の子は賢くなくていいし控えめな方がいい。男を立てないと」
褒める言葉はひとつもなかった。一言「頑張ったね」が欲しかっただけなのに。
わたしは言われた通り謙虚に振る舞い、止め時が分からず、そのまま卑屈な人間になった。

大人になった。恋人と将来の話をするようになった。
「仕事はやめないでくれ、ただ家事は完璧にやってほしい」というのが彼の言い分だった。
「何故?」と聞けば彼は「俺男だもん、できないよ」と当たり前のように答えた。
女に生まれたばっかりに、わたしは幸せの入り口で死にたくなってしまった。

「女は愛嬌だぞ」と言うのは決まって男性で、男性はわたしの真顔を見るたびに「落ち着け」と言った。
違うのだと、落ち着くどころか冷めきっているのだと思いながら微笑む。
わたしの愛想笑いを見すぎてしまった生き物は、わたしに笑顔以外を許してくれなかった。それだけだ。

男のなにがそんなに特別素晴らしいのだろう。わたしは女に生まれる地獄を知った

男のなにがそんなに特別素晴らしいのだろう。同じじゃだめなのだろうか。
祖父に言ったことがある。
「お母さんいつも頑張ってるんだよ」
祖父は興味無さげに答える。
「嫁に行った奴は他人だ。男なら家を継がせられたのになあ」
わたしは家を飛び出して道端でわんわん泣いた。
「お母さんはおじいちゃんのこともおばあちゃんのことも大好きだよ!」と叫んでやりたかった。
走って追いかけてきて抱き締めてくれたのは母だった。
「あんなの聞かせてごめんね。優しい子に育ってくれてありがとう」
わたしは女に生まれる地獄を知った。

母は明るく優しく美人で、料理も絵も歌も上手な私にとっての憧れの存在だったが、泣かされたり我慢させられたり苦しんだりしてばかりだった。女らしさを強いる世界はなんて殺傷力が高いのだろうか。
これはどうしようもない事実でーーーわたしは将来男性と結婚して子供を産むのだろうが、たぶん一生、男性を嫌い、憎んでいるのだと思う。