大学生の頃、私にとって人生で2人目の彼氏ができた。

指が細くて目が垂れていて、口の端を少し上げて笑うところが好きだった。同じサークルで誰とでも仲が良くて、絶対に私だけを好きになることなんて、ないと思っていた。抱き合う日なんて、一生こないと思っていた。

私たちに題名をつけるなら「恋愛」という名前の日々だった

私たちは仲が良かったけど、ずっと友達の一線を越えなかった。でも一緒に飲んで終電を逃した日、彼の家に上げてもらった。一緒に横になったとき、少しだけ足を絡めてきたことが忘れられなかった。何度も思い出しては、お腹の奥が締め付けられるような、苦しい感覚を知った。彼と一緒にいたい。いつの間にか、そう思うようになった。

それから私たちは、残りの大学生活をいつも離れず一緒に過ごした。今まで付き合った人がいないという彼は、とにかく“恋人”らしいことをたくさんしてくれた。

授業の帰りに公園のベンチでアイスを食べながら何時間も話したり、手を繋いで花火大会に行ったり、記念日のディズニーランドでペアリングをプレゼントしてくれたり、誕生日にはサークルの後輩とサプライズを企画して、寄せ書きを集めてくれたり。題名をつけるなら、“恋愛”という名前の日々だったと思うし、確かに私だけの恋人だった。

そして何より、彼にとっての初めてを私が一緒に迎えられることが嬉しかった。この恋愛の始めから終わりまで、きっと一生ぶん抱き合っていたと思う。愛情も欲情も、あのときはぜんぶ一緒だった。

覚えている思い出は断片的だけど、お台場の海に向かうりんかい線で、隣に座る私の頬を撫でていた顔が思い浮かぶ。
「ゆでたまごみたいだね」
「どういう意味?」
「まるいってこと」
「悪口でしょ」
「褒めてるんだよ」
いつも茶化すように可愛がってくれていた。細くて長い指で撫でてくれるところも、優しい目で見つめてくれるところも、好きだった。

大学生の私たちはお金がなかったけど、毎日楽しみをみつけては一緒に遊んでいた。友達みたいな兄弟みたいな恋人だったし、この恋愛物語はずっと続いていくような気がした。

「私だけの恋人」だと思っていたのに、彼は後輩と浮気していた

多分、少しおかしくなったのは、私が先に社会人になって、毎日一緒にいられなくなったから。くだらない嘘を、一度だけついたから。私だけの恋人をしてくれていた彼に、彼だけの恋人といえるだけの役目を果たせなくなったから。
そのなんともない雰囲気が、少しだけ彼の心を変えていった。だけど、それは目に見える事実ではなくて、事を起こしたのは彼の方だった。

彼が私たちのサークルの後輩とたまに会い、行為をしたと知ったのは、付き合ってから3年目の冬だった。「1年前のことだって」と誰かからそう聞いた。

信じられないくらいに気付かなかった。いや、心のどこかで彼の変化に気付かないふりをしていたのかもしれない。この1年間何をして過ごしたか、あのときもそうだったのかと振り返っては、心がぎゅうっとつねられるようだった。

そして、私はまざまざとその光景を見たような気がした。彼の行為は何度も目に焼き付けてきたから、よくわかっていた。あの目で、あの声で、あの指で。私はきっと、その場にいたのかもしれない。そのくらい想像ができた。固執していた、私だけの恋人。もうずっと前から、そうじゃなくなっていたことを知った。

悲しいことされたのは「私」なのに。だけど、ふらせてあげるから

あの日、彼が一生懸命に話すのを聞いていた。今考えれば、最後のデートの日だった。「今日がもし、楽しめなかったら。そうしたら最後にしようと思ってたんだ。だけど、楽しかった。だからまだ、自分がどうしたいのかわからない。別れたことがないから」

私、ふられるんだ。必死で繋ぎ止めていた重い心が、ゆっくりと軽くなって、自然と受け入れていた。私は「無理しなくていいよ。きっと、そういうことだったんだよ。別れたいってことなんだよ」と言った。どうして、ふられるんだろう。悲しいことされたのは、私なのに。だけど、ふらせてあげないと。

後輩との行為を私が知ってから、半年が経った。彼は立て直そうと頑張っていて、私も忘れようと頑張っていて、だけどもう限界だった。新しい思い出も作ったのに、やっぱり思い出すのは、何も知らない頃のふたりだった。だからもう、これで終わりにしよう。

多分、私からさよならを言えなかったのは、最後まであなただけを悪者にしたかったから。
もし、浮気がばれて私にふられたら、あなたは傷つくでしょう。傷つくあなたをあの後輩が迎え入れてハッピーエンド、なんてそんなことを考えて、少しの余地も許したくなかったから。

本当は、問い詰めて喧嘩したとき、彼の言い訳から少しでも私への愛を感じていて、それでも嬉しかったから。

「今までありがとう、大切だった」彼が3年間、貫き通してくれた“恋人”らしい定型文を、最後に言った。私もそっと涙を流したりして、私たちの恋人同士が終わった。

あなたからさよならを告げることができて良かった。最後までやさしい私に僅かにでも後悔してくれれば、こんな恋の終わりを許せる。

ねぇ、自分がふったと思っていてね。あのときの私たちは子どもだったけど、私の方が少しだけ、大人だったんだと思うよ。