「自己PRをお願いします」
来た。一番苦手な問いかけだ。絶対に聞かれると分かっているのに、どうしてもうまく答えられない。必死に絞り出した体裁だけは綺麗に整えた文章を、堂々と話しきることが出来ない。
自分のいい所?それってどこ?どうやって見つけるの?わたしは自分の事がこんなにも嫌いなのに、自己PRなんて出来るわけ、無い。何の手ごたえもなく面接を終えて、吐き出してしまったため息とともに、目を瞑る。

昔から自分の事が嫌いだった。
勉強も運動も人並みに出来た。宿題も毎日出したし、遅刻も欠席もほとんどしなかった。典型的ないい子であったと思うし、そう褒められるのが何よりも嬉しかった。
けれど、気づいてしまった。宿題を出さないけど話すのが上手なあの子はわたしよりも先生に好かれていて、学校をサボるけど運動が得意なあの子は、すぐにヒーローになれる。ああ、自分ってなんてつまらない、そう思った。

でも、その時にはわたしの取り柄は「いい子」な事しかなかった、それがアイデンティティで、唯一誇れる部分で、心の中核を担っていた。いい子じゃないわたしには価値がない。そう思ったし、そう思われていると思った。
中学生になると、顔を見られたくなくてマスクをした。目元を緩めただけで笑っているように見てもらえるから、すごく楽だった。すごく安心した。大嫌いな自分が許せなくて泣いた事もあった。

就活のために自己分析をしても短所しか思い浮かばない

大人になるつもりなんてなかったのに、気づけばハタチになろうとしていた。怖かった。ここを超えたらもう戻れない気がして、泣く事も落ち込むことも許されなくなってしまう気がして。でもそんな自分の気持ちなんてお構いなしに時間は過ぎて、わたしはハタチになった。別に何も変わらなかった。思っていたより変化もなくて、そりゃそうかと思った。

就活を始めた。自己分析をして、長所と短所を考えた。短所しか思い浮かばなかった。「短所の裏返しが長所になるんだよ」
誰かが言ってくれたけど、そうやって見つけた自分の長所はどれもピンとこなかった。「いい子」じゃ駄目だと人事の人が言った。独創性・自主性が大切だと。絶望した

友人とご飯を食べに行った時、道端に落ちていたハンカチを拾って近くの看板の上に掛けたわたしに友人が言った。「いい子だねえ。」
泣きたくなった。そんなわたしに気づいて、彼女は話を聞いてくれた。
「あのね、いい子になれるのがどれだけすごい事か分かってる?」
彼女はそう語った。いい子になるまでに必要な能力がいくつあるか分かってる?そこに何個長所が隠れてると思ってるの?どれだけのポテンシャルを秘めてると思ってるのよ。真面目な顔をして友人は言った。皮肉ではなく本気で言ってくれている事が分かって、また泣きたくなった。

「黙って飲み込みなさい」友人は私のいいところを挙げてくれた

いつもへらへらしている自分が嫌いだった。笑う事しか出来なくて、そんな自分が気持ち悪かった。「笑ってればいいと思ってるでしょ」誰にも言われた事はないのに、そう言われている気がした。彼女は言った。
「笑って受け流すって、皆が出来る事じゃないんだよ」
そんなことない。
「あんたは優しいから、きっとずっと笑ってるんだよ」
違う。
「別に無愛想にしたって無視したっていいのに、あんたはそれが出来ないんだよ。だから笑っちゃうんでしょ。相手の気持ち考えちゃうから」
そんな大層な考え持ってない。
「それってすごい素敵じゃん。あんたが笑ってくれるから助かってる人って、ああ話しやすいなって思ってる人って絶対いるよ」
そんな人、いるわけ……「ない。じゃないの。私がそう思ってんだからそうなの。外から見てる私が言ってるんだからあんたが否定する事じゃないの。黙って飲み込みなさい」
そう言って彼女は笑ってわたしのいいところを挙げてくれた。周りをよく見ているところ、言葉選びが丁寧なところ、人の悪口を言わないところ、たくさんたくさん挙げてくれて、最後に言うのだ。
笑顔がステキなところ。
要領が悪いのにそれを必死で隠して良く見せようとして、休むことが下手で、自分で自分に変なルールを課しては苦しくなって、自分の意見が言えなくて、困ったときはすぐ笑って誤魔化してしまう。台風が来たら真っ先に飛んで行ってしまいそう、強い日差しに当たればすぐに溶けてしまいそうで、そんなペラッペラな自分が大嫌いだった。
わたしはどこにいるのか、本当は何を言いたいのか、なぜ笑っているのか、全部分からなかった。

私は自分が嫌いだけど、笑うことを大切に「わたし」のままで生きていく

でも、今は思うのだ。
ヘラヘラしていると思われてもいい。だって笑う事が大切だと思っているのは事実なのだ。笑う門には福来る、そう本気で思っているのだ。いい子って言われてもいい、それが皮肉であっても。だってそう言って馬鹿にして笑うあなたは、そこにどれだけのポテンシャルが秘められているのか知らないでしょう?
わたしは自分が嫌いだ。きっと一生好きにはなれない。
でも、別にそれでもいいとも思っている。わたしは自分が嫌いだけれど、そんなわたしの事を好きだと言ってくれる人がいる、大切だと言ってくれる人がいる。
私がわたしじゃなかったら出会えなかった人たちと、出会う事が出来ている。これ以上幸せなことなんてあってたまるものか。わたしで生まれてきてよかったと、本気で、そう思うことが出来るのだ。

パソコン越しにマスクを外す。WEB面接には慣れないけれど、直接話せる日を想像して心を躍らせる。髪の毛にくしを通して、唇に色を付ける。私は、わたしのままになる。

「はい。わたしは笑う事を大切にしています」
「自分の機嫌は自分でとって、人前ではできるだけ明るくいたいと思っています」
「そんな自分を、いつか認めて抱きしめてあげたいと思うのです」

これが、わたしの見せ方だ。
私を嫌いなわたしのままで、生きていく。