あれは2020年、3月の頃だった。
世の中は未知のウィルスに混沌としていて、正直私は何が起きているのか分からない。いきなり時間の全てを家で過ごすことは、私にとって苦痛だった。

時間が有り余っているのを理由にしたくはないけれど、マッチングアプリを始めたのはその時期からだ。

マッチングアプリで出会った彼と毎日電話を繰り返し、好きになった

私はその期間、実家に戻っていた。実家は、一目見ただけでも分かる田舎だ。辛辣だが、だからこそこんな場所で、しかもマッチングアプリで男性と知り合えるなんて、これっぽっちも思っていなかった。

始めて、操作するアプリとにらめっこしながら、私は数人の男性と連絡を取り合った。そこで、止めればよかったんだ。出会ったことを後悔する関係など、誰もが辛い気持ちになるのに。 そんな未来の私からの想いは、当然届くはずもなく、ある一人の男性と電話をすることになる。そこからもう、私たちの関係は始まっていたのだ。

第一印象は「話しやすい」「優しい」だった。気が付けば、ずっと長く話していて、電話が終わる頃には、もうお互いのプロフィールなんかを殆ど把握していた。その翌日から、私たちは一日のおよそ3分の1を使っているんじゃないか、という程に電話をした。もちろん細かいところのプロフィールまでももう把握していて、今日は何を食べたとか、明日の天気は晴れだとか、そんなことが会話の話題になっていた。ゲームもしたし、テレビ通話もしてみた。そんな毎日だった。

私はそこで気付いた。「あぁ、私はこの人が好きなんだ」 と。それを意識し始めた途端、雲ひとつない青空が瞬く間に雨雲で覆われたような、そんな気分になった。お互いがお互いを好きだってことは、とうに分かっていたのに。

その時もし「どんな関係?」と聞かれても、答えることはできないだろう。心の奥底で感じていた「今私が想いを伝えたとて濁されるんだろう」と。これが女の勘ってやつなら、私はいらない。辛すぎるから。

彼には付き合ってる人がいて、私は泣いて「嫌いになる努力」をした

そんな気持ちを抱えたまま、ある日突然火花が向かって、思いきり飛び散るように彼の口から「黙っていてごめん、付き合っている人がいるんだ」という言葉を聞かされた。 あぁそうか、やっぱりか。 私は「おやすみ」とだけ彼に伝えて、その晩泣きじゃくった。それは、まるで誰から見ても赤ん坊みたいに。

そのあと、私は努力した。彼を嫌いになる努力を。彼と出会わなければ、アプリなんてやっていなければって何度も思った。私は長い間、雨雲の中にいた。 誰かが言っていた、「止まない雨はない」と。そんなはずはない。一生振り続ける雨だってあるんだぞ! とその頃の私は多分口答えしているだろう。

しかし、それを見事に覆すように、雨は止んだ。いや、止ませたといってもいい。 これもまた誰かが言っていた、「努力が実を結ぶ」。生まれて初めて、努力が実ったような気がした。

私はすっかり快晴の中にいて、あれは何だったんだろうと思えるぐらいに、へっちゃらな顔をしていた。そこで気が付く。彼は、俗にいう“クズ”というやつだ。 下品な言葉になってしまうが、間違いなくそうだ、そうに違いない。それを理解した私は、多分強かった。

そして、私が彼への好意を無くしてから、数ヶ月が過ぎた頃、あるメッセージが届いた。「彼女と別れた」。

私は笑ってしまった。なんて可笑しいんだ。マヌケな泥棒をみているような可笑しさだ。けれど、これだけでは終わらない、追い討ちをかけるように「もっと早くに別れていたら。もう遅いよな」と。 これに関しては、言葉すら出てこなかった。ホンモノだと思った。

アプリで出会って8ヶ月後、私は彼と「初めて」顔を合わせた

私たちは、もちろん付き合うこともなく、それでいながら連絡だけは取り合うという関係になった。とうに吹っ切れている私は逆に会いたいと、何の迷いもなく彼を誘った。そして、知り合った3月からおよそ8ヶ月後、初めて顔を合わせた。

人は実際に会って、話してみないと分からないもんだ。直入に言わせていただきたい、努力で消し去ったあの気持ちが、にゅるりと飛び出しそうになった。 我ながら、なんてお馬鹿な人間なんだろうと心の底から思った。 少しの間、気付けばまた私は雨雲の中。途轍もないあほんだらだ。

しかし、友達のおかげもあり、私はすぐに雲の中から抜け出した。それが今の私だ。 本気で心を塗り替えたのだ。それよりか、人生は経験だということを再確認し一歩を、いや十歩程踏み出したのだ。

当時の私は、それはもう人生の終わりかのように泣き、悩み、生きることまでもが辛かった。今思い出しても少々辛い。けれどそれを経験し、心がズキズキと痛むこともまた必要だと思えた。 この物語の中で、私は彼にふられたし、私も彼をふった。

しかし、一番重要だったことは、“自分自身をふる”ということ。 私のからだとこころは、私が一番分かっているんだ。 自分と会話する、なんてのはちょっと変かもしれないけれど、死ぬまで自分を守る義務が、全ての人にあると思う。 それと、青空が綺麗でよかったと思う。