拝啓、親愛なるお父様

23年間、温かい家と美味しいご飯、申し分ない学歴を与え、何不自由することなく私を育ててきてくださり、ありがとうございます。

中学生の頃、反抗期だった私の返事がお父様の逆鱗に触れてしまった

まあ、お父様が担ったのは金銭的に支えるという面で、実際にこれらのことを支えてくれたのは、無償で働いたお母様の方ですが。お母様は有償で外で働きながらも、お父様も含めた家族全員を支えてくれたわけですが。そのお母様に、お父様は不平不満を垂れ、「そんなんじゃ部下はついてこない」と仕事の論理をお家にまで持ち込んでいるわけなのですが。さぞかし市場価値の高い仕事人間なんでしょうね。

ええ、私は不出来で、お父様の求めるものに満たないことも多々あったかと思います。ですので、ここまで丁寧に育ててくださったことには大変感謝しています。それでも、どれだけ与えられても、どれだけ愛されても、私には許すことのできないことがあり、それをここに記します。

中学生くらいの頃だったでしょうか。俗に言う“反抗期”気味だった私は、少しお父様に過剰に反発してしまったようで、なにかしつけいただいた際に「返事は?」と言われて、「ハイハイ」と、ハイを一つ多く答えてしまいました。そのことが逆鱗に触れてしまったのか、“ブチギレた”お父様は声を荒げて私を問いただし、それにささやかに抵抗しようとした私のぼそぼそ声の回答は火に油。

お父様の手は、とうとう私の胸ぐらを掴んで、頬には平手打ち。そのまま押し倒されて、気がつけばお父様は私の上にお馬乗りになさられて、殴ってくる始末。「暴力は反対」と叫んだ私をせせら笑いましたっけ?

私が悪かったのは百も承知ですが、娘に「暴力」をふるうって…

覚えていますか? そのあとも何度か続いたこの暴力は、少し私のトラウマです。声を荒ぶる寸前の初期微動のような声帯の震わせを、日常生活の中で、電車の中で、お店のレジで、色んなところで耳にすると身構えてしまいます。

腕を振り下ろすような仕草は、反射的に全身の交感神経がびくっとなって、臨戦態勢に。わかりますか、この身体感覚? あなたは映画『フラガール』をみて、殴られる女の子の様子が脳裏に焼き付いたりしますか?

育ててもらっているお父様の言うことを聞かない悪い子だった私が悪かったのは、百も承知です。でも、とってもロジカルで、優秀なマネージャーとして活躍されているお父様がアンガーマネジメントもろくにできず、娘に暴力をふるうってどうなんでしょうね。

お父様の考えを完全に「理解する」ことはできませんが、許せない

しばらく経って、「あれはどういう意図だったの?」と聞いたら一言「しつけ」と。そっか! 怒るのとしつけって違うのね! しつけって暴力をふるう免罪符だったのね! 新たな学びになりましたよ。

お父様にもお父様の考えや社会からのプレッシャーがあることは、私には完全に理解することはできませんが、そういうものが存在することは想像いたします。もう昔のことだし、水に流してやりたい。

だけど、やはり私はあなたがときどき許せなくなってしまうのです。内と外を混同するあなたが、SDGsマークのバッチを胸につけて、クールなビジネスマンとして外で胸を張ることに。教養高い社会人の皮をかぶって、世界の平和について論じることに。人に暴力をふるって笑ったあなたが、冷静沈着で論理的な思考の持ち主と評価されていることに。

情けないことに、お父様に直接伝える勇気が私にはありません。なので、ここに記させていただきます。

敬具
一人の人間