朝、いつものようにホームへ続く階段を上がりきった時、前を横切る女性の姿が目に入った。――「あの子だ」。
一瞬で分かった。平日の朝の通勤時間帯、この場所で出会うということは、私と同じく実家暮らしなのだろう。毎日利用している最寄りの駅だが、社会人2年目にして初めて見かけた。向こうは気付いていない。彼女は随分と怖い顔をしていた。自分以外の全てを蔑むような目だった。その表情を見て、今更ながら悟った。
彼女にとって、私は都合の良い存在だったのだ。
小1の時に知り合った彼女は、無口で大人しい私とまるで正反対だった
彼女とは、小学1年生の時に知り合った。同じマンションに住んでいた。入学時はクラスも同じだった。毎日共に下校し、放課後も公園やお互いの家でよく遊んでいた。子ども会とガールスカウトに入っていたため、休日も一緒にいることが多かった。
4年生になると同じ吹奏楽部に入部した。6年生になった時、彼女は部長になった。いつもクラスやグループの中心的な存在だった。無口で大人しい私とはまるで正反対だが、どこへ行くにも常に彼女の存在があった。
いつからか、彼女は自分がいかに優れているかを、事あるごとに口にするようになった。
彼女はよく家族の話をした。姉が私立の中学に合格したこと、母も有名進学校出身であること、毎年家族5人で行く海外旅行の出費が数百万に上ることなどを私に聞かせた。受験や海外旅行には全く縁のない家庭だったため、正直彼女の話がよくわからなかった。
自慢話やマウント取りが尽きなくても…彼女の言動、要求を受け入れた
ある日の放課後、「子ども会の集まりに行こう。今日は七夕の短冊を書く日だよ」と言ったら、彼女はこう言った。「他の子と遊ぶから行きたくない。私の分も代わりに書いてきて。書いたら来なよ、公園にいるから」と。私は言われた通りにした。
当時、私は太っていた。周りの子より10㎏ほど体重が多かった。家に遊びに来た時に、着てる服を交換しようと彼女が言い出した。内心は嫌だったが、私は応じた。スキニーのきいたデニムパンツを穿いた私の太ももは、パツパツに張っていた。それを見た彼女は「お尻が食い込んでいるよ」とゲラゲラ笑った。
クラスでジャニーズアイドルが流行っていた。彼女はセンターのメンバーに夢中だった。誰が好き? という話になった。やはり、センターのメンバーが一番人気であった。本当はあまり興味がなかったが、皆にならってセンターのメンバーの名前を挙げると、彼女は「もう好きな人が沢山いるから、別のメンバーにして」と言った。その一言で、私は別のメンバーを推すことになった。
中学校では、クラスも部活も彼女とは違かったため、関わることが少なくなった。彼女は剣道部の厳しい部長として、少し有名になった。卒業以降、彼女との交流は無かった。数年前に都内の名門私立大学に進学したという風のうわさを耳にしただけだった。
彼女との関わりを通して、自分自身の「強さ」を知ることができた
久々に彼女の横顔を見て確信した。我ながら、私は優しい。優しいことは、強いことなのだ。私は強いのだ。彼女を嫌だと思ったことはなかった。自慢話やマウント取りが尽きなくても、面倒だと思わなかった。彼女の言動、要求、全てを受け入れた。私にとって彼女は、問題として取り上げる価値もなく、本当に些細な、取るに足らない存在だった。彼女の方が、私に執着を持っていたのだ。
彼女との関わりを通して、自分自身の強さを知ることができた。私は彼女のように、自分以外の全てを蔑むなんてことはしない。自分が優れていると周囲に示すようなことはしない。そして、他人に執着も持たない。誰にも左右されず、自分の幸せを見つけることができる。人には思いやりを持って接することができるし、誰が相手でも受け入れられる。
今後、どんな相手とも渡り合ってやろう。どこまで心が広い自分でいられるか、試してみよう。八方美人と言われるかもしれない。それならあえて、その道を選ぶ生き方をしよう。それが私の強みなら、貫いていこう。“あの子”の存在をバネにして。