100円で買った老眼鏡をかけながら、ミニカーを磨いている私の父。ガラクタや中古品をこよなく愛するコレクター気質。ベッドの周りには、意味のわからないもので溢れかえっている。小学生の頃は、休日に父と古本屋やガラクタ屋に行くのが楽しみだった。父はなんでも興味を持って面白がる天才で、そんな父が誇らしくて私の自慢だった。

しかし、そう思っていた期間は、呆気なく終わりを告げる。突然、父が会社からリストラを宣告されたのだ。その頃は何がなんだかわからないまま、汚い団地に引っ越した。

中学生の私は、何の威厳もなく団地に住み続ける父を情けないと思った

中学生になった私は段々、友達の父親と比べて、父の社会的地位が低いことに気づき始めた。父の存在も汚い団地も恥ずかしくてたまらなくなり、口を聞かなくなった。

そんなとき父が買ってきたのは、製薬会社のキャラクター、ワカちゃんのフィギュアだった。母が「またこんなものを買ってきたのよ」と呆れながら、間もなく60歳になる父は「この子が連れて帰ってとせがんできたんだ」とにこにこ笑っていた。

中学生の私は内心、父を情けないと思っていた。こんなくだらないものを買ってよろこんで、還暦のくせに。何の威厳もなければ、誰にも尊敬されない派遣社員のくせに。こんな小さな団地に住み続けて、私だったら恥ずかしくて生きていけない。

母も母だ。母の妹は玉の輿に乗ったのに、父なんかを選んだからこんなに貧乏な人生になったんだ。惨めで哀れ。だから私は、東京で就職すると決めた。父みたいな男と結婚しないように。

そう決意した中学生の私は、エリートと結婚するために、まず自分のスペックをあげることが重要だと考えるようになった。誰に言われるまでもなく、勉強も部活もトップを走り続けた。それは高校に行っても、大学に行っても続いた。狂うように努力していた。

もし手を止めたら、父のような収入のない男としか結婚できない。団地で自分の将来を終えると思うと、怖くて仕方がなかった。 

努力が実り手にした東京生活。でも、大切なことをわかっていなかった

幸いなことに努力が実り、東京の大企業に就職が決まった。そのときの私は、若くて無敵な気分だった。合コンを数え切れないくらい経験したし、東京の男を嫌というほど味わった。私がお金や学歴で男の人を選んでいたように、男の人も欲で女の人を選んでいる。お互い汚いと思った。

付き合っていたお金を持っている人は、他人を馬鹿にしたり、平気で愛を裏切ったりすることもざらだった。愛をお金で買うこともあった。汚いと思った。

私は、大切なことをなんにもわかっていなかった。あんなに欲していたタワーマンションからみた東京は、全然綺麗なんかじゃないのだ。

実家の団地を思い出す。どんなに豪華なマンションより、あの父の宝物が詰まった汚い団地の方が面白かった。外車で洋楽をかけて走る高速道路よりも、父と話しながら古本屋に向かうあの安い軽自動車が好きだった。

私はエリートとの結婚に囚われて自分を見失い、いつのまにか自分自身が空っぽになっていた。全部、全部、ばっかみたい。タワーマンションの無駄に長いエレベーターは、ゆっくり降りていく。私の欲しいものはこれじゃない。

父みたいにみすぼらしくて、くだらないと封印していた古本やガラクタ。くだらないもののなかに面白い世界があること、私は父に教えてもらったじゃない。本当は、私も古本やガラクタの宝探しが大好きだった。一度誰かの手に渡っているものは、味があって想像力が膨らむ。欲に溺れてすっかり忘れかけていた。

東京に出たからこそ気づいた。結婚の成功って、お金や経歴じゃない!

誰かに幸せにしてもらおうと頑張るんじゃなくて、まず自分の好きなもので自分の世界を持たなきゃ。そして、私が私を幸せにしてあげよう。私の空っぽになった心が温かくなっていくように感じる。東京に出たからこそ、大切なことに気がついた。

たしかにお父さんは、派遣社員で世間体には立派な人ではない。でも、人を経歴で判断せず、自分を大きく見せようともしない。ずっと自分の世界で何かに夢中になっている。少ないお金の中で、自分の楽しい世界を見つけて宝探しを続ける父。ベッドにはたくさんの夢や大切なものが詰まっている。あの汚い団地は、父の大切なお城だったんだ。

その城の住人である母も「色々苦労もしたけど、なんだかんだお父さんと結婚してよかった。自分のお小遣いの範囲で好きなことに夢中になって、面白いもの探し続けてる。いつまでも少年でいいじゃない」と言っていた。

ずっと失敗だと思っていた父と母の結婚。結婚の成功って、お金や経歴じゃないんだよね。年老いたときに「この人と結婚してよかった」と思えることが、結婚の成功なのかもしれない。

遠回りをしちゃったけれど、今の私ならわかる。ああ、私は父みたいな人と結婚したかったんだ。もしそんな人がいるのなら、2人のお城を築きたい。今日も父のお城の中で、ワカちゃんのフィギュアがにこにこ幸せそうに笑っている。