父と母はお見合いで結婚した。母は、父と出会った最初のうちは父と結婚するつもりは無かったという。
では何故、その母が父と結婚することにしたのか。実際は、それまで男女関係に厳しかった祖父母が、母が世間の結婚適齢期を過ぎると急に「結婚しないのか」と言い出したなど理由は色々あると思うが、母曰く「私が結婚してあげないと、この人と結婚してくれる人はこの先現れないだろうと思ったから」らしい。
私は、母のその人生を掛けた責任感にはいささか共感しかねるが、そういうことらしい。
無愛想な父、父を無視する娘。私たちは思春期以降お互いを嫌い合っていた
私が物心ついたときには、母は事あるごとに父の愚痴を言っていたし、父のどんな小さなミスも責め立てた。私は、父がいかにひどい人間かというエピソード――少し例を挙げると"新婚旅行のとき飛行機の搭乗までの間、一言も話さず黙々とガイドブックを読み続け離婚しようかと思った"や、"2人きりの生活が始まったその日、夕食を食べていても会話が無く、母が悲しくなって泣き出すと「寂しいならたまに実家に帰ったらいい」と言われた"など――をたくさん聞かされて育ち、思春期を迎える頃にはしっかり父を嫌いになっていた。父に話かけられても極力無視し、母との会話に入ってくると「あなたと話していない」「勝手に会話に入ってこないで」などと中々ひどいことも言った。
父は頑固でプライドが高い。自分のことを嫌いな娘を、父もまた、嫌っていた。父から「お前を娘だと思えない」「お前はろくな奴と結婚できない」と言われたこともあった。
距離や環境が離れて気づいた父の優しい部分。気づくまでに随分時間を要してしまった
私は20代半ばでアルバイト先のお客さんと結婚した。夫は、私には勿体ない程ろくな奴だ。真面目で人当たりが良くコミュニケーション能力も高い。普段相手にされることのない父は、夫が話題を振ってくれると嬉しそうにニマニマ話していたし、私は自然と2人の会話のフォローに入る。夫は、私たち父子の隙間に入り込み、せっせと油を注し、ゆっくりと歯車を回しはじめたのだ。
結婚から2年後、私が息子を出産して歯車は加速した。夫と息子を連れて実家へ行くと「飲み物が無いな。買ってこよう」と自転車でコンビニへ走った。父が人に気遣いをするなんてびっくりだ。私は遊んでもらった記憶など無いのに、父は息子に「おいでー」と手を広げてみたり、おもちゃを差し出してみたり、積極果敢に関わりに行った。今度はニマニマだけじゃない、もはやデレデレしていた。
私が家を出て父を客観視できるようになったのか、父が歳を重ねて丸くなったのか、私はそんな父を可愛いとさえ思えるようになった。
そんな父は先日誕生日を迎えた。誕生日の朝、思い付きで「誕生日おめでとう」とLINEを送ってみると「ありがとう。誕生日が来ても、もうあまりおめでたくないけど。」と返事が来た。
父に「誕生日おめでとう」と言ったのは、父に「ありがとう」と言われたのは、何年振りだろうか。
父は母にとってはひどい夫だったのかもしれない。実際、人との関わり方が極端に下手で、察したり空気を読むことも苦手だが、私が思っていたほどひどい人間ではなかったようだ。気付くのが遅くてごめんね。