父に実は伝えたいこと。そんなの溢れ出るほどにある。ありすぎてありすぎて、手のひらからぼたぼたとこぼれ落ちてしまう。同時に、涙も。

例えるなら、サンタクロース。それかトトロ。太っちょで、愛嬌たっぷりで、いつもニコニコしていて、会う人みんなから愛されてしまうお日様みたいな人だった。
運動会、学習発表会、合唱祭なんかはもちろん、授業参観も、勉強合宿にも、全部にしっかり顔を出しにきた。「サワラちゃんのお父さん、来てたよ!」って、私が見つけるより先に友達が教えに来た。いちいちしっかり応援して、大笑いして、感動して泣いて、先生や友達にちょっかいを出して、忙しい人だった。
隣では、母が静かに笑っていた。めんどくさいな、って顔を作りながら、心のなかでは嬉しく思っていた。

パパのごはんは全部好き。伝えられる日はまだまだあると思っていた

母とピアノバーを経営していた父は、お酒とおしゃべりが大好きで、そしてピアノが上手だった。あのムチムチした指が軽やかに鍵盤の上を踊って、いつも幸せを奏でていた。どこにいても、父は笑顔の真ん中にいた。

あの日は、高校2年生が終ろうとしていた春の日だった。学年末テストの初日を迎えた3月5日の月曜日。なぜか早起きをした父は「ほうら、今日からのテスト、がんばれよ!みそパワーだぞ!」と張り切ってみそおにぎりとみそ汁を朝食に作ってくれた。
「うっざ」といいながら好物のみそおにぎりを頬張り、「おいしい?おいしい?」としつこい父にまた「うっざ」と答え、体型を気にして半分くらい残した。
「今日早いんだろ?お昼みんなで一緒に食べような」
「どうせ寝てるんでしょ」
「起きてるよ!」
父は笑った。
いってきますとドアを開け、「車ひくなよ!」とジョークを飛ばす父に「逆でしょ、もう」とぼやきながら顔も見ずに扉を閉めた。

これが、最後の会話になった。

まぶしいほどの青空だった。家に帰ると、父はもうこの世を去っていた。突然心臓病だと告げられた。母が少し買い物に出ている間に、父はひとりで青い空へ出かけてしまった。
「サワラのお昼ご飯、何にしようかなあ」。母が聞いた、最後の言葉だった。

父に実は伝えたいこと。そんなの溢れ出るほどにある。
まず、「おいしかったよ」。わたし、パパの作るごはん、好き。みそおにぎり、好き。あと、チャーハンとサンドイッチも。
そして、「ごめん」。残してごめん。全部食べればよかった。だっていっつも多いんだもん。でもあの日くらい、全部食べればよかった。ごめん。
顔を見て、おいしい、って言えばよかった。
いってきますも、ありがとうも、ちゃんと顔見て言えばよかった。
起きて待ってるって、言ったじゃん……。

生きれば生きるほど、父が恋しい。生きれば生きるほど、父のことが大好きなんだ

ねえパパ。
わたし、もう26歳になったよ。
もうお酒を飲めるようになった。パパの娘だから、それはそれはよく飲むよ。一緒に飲みたいね。パパといろんな話をしたかった。26歳のわたしに、パパだって会いたかったでしょ。
それからね、わたし、歌うたってるの。パパが笑顔と音楽でたくさんの人を幸せにしたから、パパのお葬式には信じられないくらい多くの人が来てたよ。びっくりした。だから、わたしも頑張ることにした。
まだ全然有名じゃないけどさ……でも頑張る。わたしも、たくさんの人を幸せにできるように。

父が亡くなってすぐの頃は、ちっとも信じられなくて涙も出なかった。みんながあまりに泣きじゃくるから、ひとりくらい笑ってなくちゃね、と馬鹿なことを思って、黒い洋服たちに囲まれながらニコニコしていた。
それからしばらくは、父が死んだのは何かの間違いで、今日こそ帰ってくる、って思っていた。のし、のし、と階段を上がる足音が、軽やかなピアノの音色が、「おーい」と呼ぶ声が、今にも聞こえてきそうで、じっと耳を澄ませ続けた。
今度はおまじないを考え始めた。夜中じゅう歩き続けたら、最後の角を曲がった先に父がいるに違いない、とか。このまま眠らずに我慢して目を開け続けていたら、父は「どっきりでしたあ!」って笑いながら現れるんだ、とか。

全部、外れてしまった。やっと私は泣き出した。

父に実は伝えたいこと。
会いたい。会いたいです。
生きれば生きるほど、父が恋しい。生きれば生きるほど、父のことが大好きなんだって気づく。早く会っていろんな話がしたい。もう一度ジョークを飛ばしてほしい。私の歌を聴いてほしい。ああ、パパのピアノで歌いたかった……。

きっと見守ってくれてるって知ってる。応援してくれてるのも分かってる。
夜にめそめそ泣いてるのもバレている。好きな人ができたことも、たぶんバレている。

いつかまたたくさん話そう。土産話をたくさん持っていくから、楽しみに待っていて。
自慢の父。大好きな父。サンタクロースみたいな、太っちょで愉快な人。
あなたの娘に生まれて幸せです。
ありがとう。大好きなパパ、ありがとう。