この空の色をずっと記憶することになると直感で思った、夏の日

その日、彼のアパートに向かう目黒線の電車の窓からは、夏!と空全体が主張しているかのような、真っ青な空と真っ白い入道雲が見えていた。車内は冷房が効いていたけれど、換気のために開けられた窓の隙間から、真夏のねっとりとした熱気が容赦無く入ってきていた。

その思わず笑ってしまうほど晴れた空の青さと、空の向こうにもくもくと広がる入道雲をぼおっと眺めながら、私はこの空の色をずっと先も記憶することになるんだろうなあ、と直感的に思った。

そしてその直感は当たっていた。私は今も、あの日の空の色をはっきりと思い出すことができる。その時の、不安と緊張でいっぱいだった私の心も。

手元のスマホの画面には、もう何度読んだかわからなくなってしまった、私が数日前に彼に送ったLINEのメッセージがあった。

“よく考えたんですけどこれ以上一緒にいてもお互いにとってよくないと思うのでプライベートではもう会わないようにしたいと思います。[…]職場では今まで通りよろしくお願いします。”

直接対決に向かう私は多分、もう一度彼に会いたかったのだと思う

ありったけの勇気を振り絞って送ったそのLINEのメッセージには、1週間経っても、素っ気ない「既読」の二文字がついているだけで、いくら画面を凝視しても、やはりなんの返信も浮かび上がってこなかった。

私はその日、ある人との直接対決に向かおうとしていた。
ある人とは「職場で出会っていい感じになったのに曖昧な態度を取られ続けた人」のことで、その人との関係を断ち切るために自分で送ったLINEに後悔して、謝罪に向かおうとしていたのだった。

なんて、聞こえのいい言い訳を並べていたけれど、本当は少し期待もあったのだと思う。
直接会いに行けば、それほど私の思いが強いということも、私が「いい子」だということも、あの人だってわかってくれるのではないだろうか。

そんな下心があったのか、なかったのか。本当の動機なんてわからない。だいたい人間のすることなんて、理屈できれいに説明できることは半分もない。

たぶん、私は、ただ彼にもう一度会いたかったのだと思う。休み明けに職場に行けば、そこに彼がいるのはわかっていたけれど、その前に、ただ彼に会いたかったのだと思う。
職場の関係ではなく、ただの男と女として。

彼に遊び相手の一人であったことを告げられ、私の恋は終わりを迎えた

結論から言ってしまおう。おそらく私が本当に向き合うべきだった「あの夏の挑戦」とは、彼と会う1週間前に突き放すLINEを送ったまま、なんのアクションもせず、私の意思で、彼との関係を終わらせることだった。
今ならわかる。だって、彼にとって私は、そんなLINEを送ろうと、彼の前から突然いなくなろうと、痛くも痒くもない存在だったのだから。

でも、私は、もう一度ありったけの勇気を振り絞って、彼に会いに行った。
そこで、彼に、私が遊び相手の一人であったことを告げられて、私の恋は完全に終わりを告げた。

彼と話すときに感情的にならないようにと、数日前から話す内容を準備したメモを、帰りの電車の中で読み返した。そこには、私が悩んで悩んで紡ぎ出した、彼への気持ちが溢れていた。

急にLINEで拒絶したことと急に会いに来たことへの謝罪。
夏の間の約束を破ったことへの謝罪。
一緒にいると自分のことを嫌いになりそうだったから、距離を置きたいと考えていたこと。
彼が何を考えているのかわからなくて不安だったこと。
友人に相談までして、彼の気持ちも尊重しつつ、自分の正直な気持ちも伝わるように、ポイントをまとめたのだった。

彼に直接会いに行く挑戦は、自分の気持ちに正直な選択だった

結局、私が何日も、何週間も、思い悩んだ相手は、私のことを一ミリも気にかけていない人だった。そう思うと、悲しくて、つらくて、みじめで、胃が痛くなった。
帰りの電車の窓からは、行きの電車と同じ真っ青な空と真っ白い入道雲が見えていた。

何日も胃の痛みが治らないほど悲しかったけれど、やっぱり私は、彼に直接会いに行くという挑戦をとって、よかったのだ、と思う。それが一番、自分の気持ちに正直な選択だった。
彼は私が直接会いに行かなかったら、そのまま既読スルーを決め込んで、フェードアウトするつもりだったらしい。

私が誠実に向き合おうとした相手は、全く誠実さに欠けた人だったけれど、最後まで、ばからしくて笑ってしまうほど、私は彼にまっすぐ向き合った。最後まで、不器用すぎて笑ってしまうほど、私は自分に正直に動いた。

今年の夏も、きっと私は空を見上げてあの日のことを思い出す。
自分の気持ちを大切に、自分の気持ちに正直に、走り抜けたあの夏の日と、あの日の空の青さを。