夜10時、特別な電車に乗る。
存在自体は知っていたけど、移動手段としては利便性が低い寝台特急というその電車は、日々社会人として時間に追われている私の中ではどこか物語の存在だった。だから、運行掲示板に電車の名称が表示されて、それがごく当たり前に毎日出発している事が、どこか別世界に踏み出したような興奮を覚えた。
電車の発車ベルが鳴る。いつも眺めている風景がほんの少し高い視点で動き出す。
さあ、旅が始まる。

後悔するかもと思うことが嫌で、準備の整わない挑戦ができなかった

昔から後悔するかもって思いながら過ごすのが嫌だった。だからこそ、受験や大会のために人一倍の努力をした。
それはもちろん素晴らしい事だけど、後悔しないための生き方は、私から失敗する可能性の高い挑戦や無理してやってみても意味がなさそうな行動を奪っていた。後悔しないために、準備の整わない挑戦ができなかったのだ。
今回の旅行もそう。いつか行きたいとそう思いながらも、計画する時間もない中で無理やり強行して、行ってみてパッとしなかったら、時間もお金もかけてつまらなかったら、そういう不安と、どうせ行くなら最高の状態でちゃんと準備をしてという性格から、ずっと一歩が踏み出せずにいた。
「計画なんかなくても、行ってみたらどうにかなるよ」
そう言って背中を押してくれたのは、エジプトに旅行に行ってきた先輩の言葉だった。

とりあえず行ってみると決め、当日の朝に準備した最低限の荷物で出発

準備をしようにも天候の影響でギリギリまで行けるかもわからない状況で、なんとか予約をするまでが精一杯だった。とりあえず行ってみる、先輩に背中を押されて、はじめにそう決めていたからという意地も手伝い、何とか予約だけを済ませてチケットを片手に、当日の朝から準備を始めた。
いつもと同じ物がそろっていないと不安。常々そう思っている私は、いつも準備にもたくさんの時間をかけてしまいクタクタで、ついつい持ち物が多くなる。
「困ったら現地調達すればいい」
これも先輩からのアドバイスで、私の思っている旅行のハードルを下げてくれた。だから、持ち物は洋服や化粧品とか前日に使った日用品と、カメラ・手帳など思い出を取っておくのに必要だと思い付いた物だけにした。

3日間の旅行は、小さな失敗もあったけど、それを上回る発見をくれた

実際に行ってみれば心配も不安も杞憂だった。
国内のたった3日の旅行では、多少の不自由を感じる事はあってもどうにもならないなんて事は起こりようがない。実際には準備不足で時間がなくて行けなかった場所もあるし、休日で食べられなかったスイーツもあった。それに旅行の日数を間違えて、危うく帰りの新幹線に乗り遅れそうにもなった。
それでも山奥の灯台から見た夕日、観光客が帰った後のしんとした町、電車待ちの時間に会った外国の旅行者。なんの準備もしなくても、現地の観光案内で情報を集めて、行きたい場所に優先順位をつけて道順を考えた結果、出会えた物もたくさんある。
完ぺきではなくても良かったと思うしかない。行けなかった場所にもう一度挑戦する目標もできた。
3日間の特別なお休みは小さな失敗もあったけど、それを上回る発見をくれた。何もしなくても過ぎていく3日間とは比べ様ないくらいたくさんの思い出と、どこにでも行けるような自由を胸に、次はどこに行ってみようと地図を広げる日々が続く。