「あーもう、仕事も何もかも、全部捨てたい!!!」
職場からの帰り道、仕事がうまくいかなかった私は、夜空に向かって叫びながら歩いていた。
「じゃあさ……俺に人生、投げてみる?」
隣を歩く彼はウインクしながら言った。私は大笑いしたあと、
「そんな口説き方もあるんだね」
と言った。彼も笑っていた。
なぜ、私はあの時素直になれなかったのだろう。3ヶ月後に彼にフラれる未来が分かっていたら、私は笑わずに「お願いします」と頭を下げたのに。

会えば嬉しく、未練たらたら。もう彼が生きていればそれだけでいいや

フラれた直後、毎晩泣いていた。このままではまずい、どうにかしなくては…と思った。
失恋を癒やすには新しい恋だと言うけれど、同じ職場でほぼ毎日、失恋相手と顔を合わせる中で、新しい恋をするのは難しい。コロナが流行している状況で、合コンも企画できない。
マッチングアプリは、いくつかダウンロードはしたものの、勇気が出なくてその先の登録画面に進めない。
そうこうしているうちに、過ぎていく時間が少しずつ私を癒やしてくれた。フラれた直後は、彼と歩いた帰り道を1人で歩くたびに泣いていたのが、時が経つと、何も考えず歩けるようになった。
彼から「おはよう」「おやすみ」のLINEが来なくなったのが悲しかったけれど、それが当たり前になった。
彼のことを考える時間は少なくなった……はずなのに、職場で会って「お疲れ様です」と挨拶をかわすと、顔がほころんでしまう。今日は彼と挨拶ができた、と思ってその日1日中ハッピーな気持ちになってしまう。
未練たらたら、ってやつなのかもしれない。でもこうして、小さなことでもハッピーになれるのなら、新しい恋なんかしなくてもいいか。もう悲しくはならないし。彼が生きている、なんかもうそれだけでいいや。
私はマッチングアプリを全てアンインストールした。

彼の引き出しには昔プレゼントした印鑑ケースが。鼻の奥がツンとした

そんなこんなで、フラれてから4か月以上は過ぎた。
私は実は、3月で退職をするはずだったのだが延長になって、5月に退職をすることになり、あっという間に最後の勤務日が来た。
計画性の無い私は、最後までバタバタと仕事をしていた。必要な資料が彼の机の引き出しに入っていると聞いて、廊下を歩いていた彼に断って、引き出しを開けた。
すると、私が彼にクリスマスプレゼントであげた印鑑ケースが、引き出しに入っていた。悲しい時期は乗り越えたと思っていたのに、今までの思い出が一瞬で蘇って、鼻の奥がツンとした。
数分後、席に戻ってきた彼に「引き出し開けたよ。ありがとう」と声をかけた。
「それで、えっと……」
印鑑ケース使ってくれてありがとう、と言おうか迷って口ごもってしまった。
口ごもった私を見て、彼は笑いながら、「相変わらず、会話するのが下手だよね」と言った。『相変わらず』という響きを切なく感じながら、私も笑い、「もう大丈夫だから!」と明るく言った。
何が大丈夫か、会話するのが下手だから言わなくてもいいよね、と心の中で思いながら。
私の強がりに、彼は笑顔で頷いてくれた。

彼が生きているのか確かめるすべがなくなった今、ハッピーに感じる出来事がなくなってしまった。
恋愛以外のハッピーを、これからたくさん探して行けたらいいな。恋愛のハッピーは、しばらく見つからなさそうである。
吉沢亮様級のイケメンか、「俺に人生、投げてみる?」を越えた、面白い口説き文句を言う人がいない限り、私の新しい恋は始まらないのだから。