「またお母さん厚化粧してる~!」「そんなに塗っても変わらないよ」「何か顔白いよ、お面みたい」
そんな風に、笑いながらデリカシーの無い発言を繰り返す父。私はその背中を見て育った。
その度に母は「好きでやってるわけじゃない」「メイクしなきゃ文句言う人がいるから仕方なくしてるの!」とふて腐れる。
メイクが嫌い、おしゃれも嫌いな人。それが私の子供の頃の、母の印象だ。

アルバムの中の母の姿。私が生まれた頃から急変していた

しかし、私は大人になってからふと思った。
母は本当にメイクが嫌いだったのだろうか?
「私はセンスが無いからね」「最低限やってればいいのよ、おしゃれとか私はよく分からないし」
本人は自虐的にそう言っているけれど……。

押し入れからこっそりアルバムを出してみると、そこには、ばっちり髪を巻いて、前髪を上げ、くっきりとピンクのリップをつけた母の姿があった。
しかし、大学在学中に父と出会い、結婚し、直ぐに私が生まれた。その頃からアルバムの中の母の姿が急変する。

ノーメイクになり、スカート姿は1枚も無い。髪は無造作に1つに縛っている。どんなに汚れてもいいような暗い色のトレーナーやジーンズばかり。子育てのためには汚れてもいい服でなければ、という理由があったとしても、ずいぶんな変わりようだった。

「はしたない!」と眉をひそめた母。私の服装やメイクに厳しかった

私が子供の頃の母を思い返すと、私の服装やメイクに異様に厳しかった。
縁にレースが付いた白の下着ですら、「はしたない!」と眉をひそめ、ワインレッド色のブラジャーは、「なんて色なの?!派手すぎる、こんなの着るなんてどうかしてる」とさんざんな言い様だった。紫のアイシャドウや真っ赤なリップなんてもう論外だった。

そのくせ、白の下着が制服や体操着から透けていたら(両方白だと透ける)「恥ずかしい」、部活でノーメイクで全身真っ黒に日焼けしていたら、「シミになる、肌に悪い!」と小言を言う。
じゃあどうしろって言うの?あぁめんどくさい。私はもう中学生じゃない!

高校卒業後、大学は実家から通える距離だったけれど、無理を言って一人暮らしを始めた。
女子大だから異性の目も無い、文句も言われない。今までの反動で、どんどんメイクも服も派手になっていった。

社会人になったある日のこと。母が久々に会った私のメイクを、急に褒めてくれるようになった。

私は戸惑った。何で?あんなに私のおしゃれを嫌がっていたのに。
母はきっと、羨ましかったのだ。異性の目を気にせず、似合ってなかろうが、奇抜だろうが、好きな服を着て、好きなようにメイクしていた私が。かつて母がそうだったように。

最近の様子を聞いてみると、退職し子育ても終わって、夫婦だけで旅行やコンサートに出かけることが増えたらしい。
「最近お父さんが褒めてくれるようになったの」と嬉しそうに母が言う。

子育てを終え、夫婦だけの生活になり、「母親が化粧なんてしても無駄、らしくない」とからかってばかりだった父の中にも、何か変化があったのかもしれない。
旅行に行った先々で自撮りの夫婦の写真を大量に送ってくるのだが、今まで見たことのないおしゃれな2人が写っていて、思わず笑ってしまう。

私は母から、母は子育てから解放された。「こうあるべき」で縛りあっていた

私は母がメイクをした時、褒めたことがあっただろうか?父と一緒にからかっていた記憶しかない。胸がチクリと痛んだ。

私が自由にメイクをできるようになったのは、母から解放されたから、だと思っていた。
しかし、母もまた、私の子育てから解放されてメイクを楽しめるようになったのだ。若い娘はこうあるべき、母親ならこうあるべき。そうやってお互いにお互いを縛りあっていたことに気が付いた。

私はずっと、自分が母親になるのが不安だった。子供ができた途端、女は「お母さん」という生き物に生まれ変わるのだ、と。
子供のために全てを犠牲にし、メイクなんてしてる場合じゃない、だって「お母さん」だから。我慢の連続、それでも子供のためなら幸せ!と微笑むのが正しい母親の姿……そんなイメージを持っていたので、もし将来子供が生まれたら、その瞬間に今までの自分が死んでしまうようで……。

しかし、メイクを通して、私は母の1人の女性としての側面を知った。
私の母は「お母さん」という名前の生き物ではなかった。

私が思うに、人はミラーボールのように色んな側面を持っていて、小さな沢山の面が集まって、自分という形を作っているのではないだろうか。そして、接する人や場面によって、その面の向きも変わるのだ。

子供が生まれたら、お母さんという側面が1つ増えるだけのことなのだ。
自分というボールが粉々に砕け散って、1枚の巨大な「お母さん」という鏡になるわけではない。そこには子供しか映らない1枚の姿見になるわけではないんだ。きっと。何も怖がることなんてない、これからも、私は私の好きにする!

そんなことを考えながら、私は今日も鏡を覗き込んでせっせとメイクをしている。