缶チューハイを何本か、それといくつかのお惣菜。緊急事態宣言下の都内では、帰りに寄れるような飲食店は軒並み閉店してしまうから。仕事帰りにお互いの家に泊まるときは、帰り道のスーパーで夕食を買っていくのが暗黙の了解となっていた。

その日は彼の家で、いつものように買ってきたお惣菜をつまみながら、彼の愚痴を聞いていた。一日PCと向き合うわたしとは違い、営業職の彼は社内外を問わず人間関係が複雑そうで、いつの頃からか愚痴ばかり耳にするようになっていた。

大学の時から付き合っている彼。でも、彼に違和感を抱くことが増えた

コロナが流行りだしてから彼はさらに多忙になったようで、残業が増えたと疲れた表情を浮かべることが多かった。それなら会わずに、一日ゆっくり休んでいてほしいと告げたわたしに、こうして会えるから頑張れるのだと言ってくれたのは、いつのことだっただろうか。最近はほとんど連絡も取らず、会うのは平日。金曜に泊まっても土曜の昼過ぎには帰宅する、そんなことが続いていた。

大学生の時から付き合っている彼。コロナ禍で思うように外出ができず、一人暮らしを始めた彼の家を訪れる回数に比例して、彼のふとした態度や仕草にざらざらとした違和感を抱くことが増えた。

「こんな暗い話ばかり嫌だよね、ごめん」と幾度も聞いた、終わりの合図。わたしは「吐き出すことで楽になるのならいいよ」と答えていたけれど、彼の答えは決まっていつも「言ったところで楽になるわけじゃない」だった。

彼に抱かれて安堵するような、けど同時に絶望するような気持ちになる

食べ終えたプラスチックのパックを片付けて、先にベッドで寝転んでいた彼の隣に滑り込む。「もう寝る?」と尋ねたわたしに、彼が半身を起こす。彼の「うん。電気消すね」声と同時にスイッチに伸ばされた長い腕が、わたしの鼻先を掠めた。暗くなった視界で目を閉じて、この後の展開を予想する。

いつも通り、彼はわたしの身体を抱き寄せてキスをするだろう。そして、一度か二度セックスをして眠りに落ちる。もしかしたら、朝にも一度するかもしれない。だけど、彼は「好き」とは言わないだろう。

行為中に必ず好きだと伝えてくれていた彼は最近、「好き」の代わりに「可愛い」と口にするようになった。友人に話したところで惚気だと笑われそうだけど、わたしにはそうは思えない。彼はわたしに、嘘がつけないから。

背中から伸びてきた腕にくるりと抱き込まれ、彼と向き合う。唇にキスを落とされて、ああ今日もわたしは抱かれるのかと、小さく安堵するような、けれど同時に絶望するような、ぐるぐると相反する感情が喉のあたりを巡っている。

週に一度か二度、夕食を摂ってセックスするだけの関係になりつつある

そっと手を伸ばして、彼の頭を撫でる。パーマのかけられた、少し硬めの黒髪を撫でることが好きだった。ちゅ、と小さな音を立てたキスが胸元に落ちていく。その頬を掬い上げて、彼の目を見たい。

どんな表情で、どんな気持ちで、心が離れかけている女を抱くのだろうか? 週に一度か二度、どちらかの家に泊まって、夕食を摂ってセックスして。それだけの関係になりつつあるわたしたちは、果たして恋人同士だといえるのだろうか?

手を繋いでデートをしたのは、いつが最後だっただろうか? わたしたちは気がつかないうちに、いろいろなものを取りこぼしてしまっていたのだろう。

煩わしげにシャツを脱ぎ捨てた彼の、わたしよりも高い体温に触れる。両腕を広げて抱きしめて、女とは違う、密度のある男の人の身体を忘れないように。「好きだよ」。きっと遠くないうちに、この関係は壊れてしまうだろう。