一度目の緊急事態宣言が明けた梅雨の季節だった。私は恋人と別れた。
彼とは付き合って1年ほどだった。とはいっても、最後の方は新型コロナの影響でぜんぜん会えていなかった。お互いの仕事柄か、周りより少し早く「自粛しよう」という空気が2人の間にはあった。
「職場で仕事がしたい」彼と、「職場から少し離れたい」私
彼と会っていない期間は、それを寂しく思う暇もないくらい怒涛だった。
何度も行政には振り回され、職場の対応が二転も三転もした。新たな問題が次々と出てくる、でもいつも通りのこともしなくちゃいけない。
ただでさえ1年の中で1番の繁忙期だというのに、いつも以上に目が回りそうだった。
追い討ちをかけるように緊急事態宣言が発令された。それとほぼ同時期、彼の職場ではテレワークが始まったらしい。一方で、私の職場の年度初めは3月以上に荒れていた。
何が必要?何が不要?例年通りに準備しなければならないのは何で、例年と変更されてしまうのは何なのか。正解なんて見つからない中で、ずっと「これでいいのか」と不安を抱えていた。
やがて私の職場でもテレワークが始まったが、自分の職種は自宅でなんてとても仕事が進まない。新型コロナにびくびくしながら、片道1時間半かけて電車を乗り継ぎ出勤し、いつも以上に残業した。
技術職の彼は彼で、テレワークでできることはほぼなかったらしい。ばりばりと働いていた生活が一変したのだから、やるせなかったのだろうと思う。
彼は「職場で仕事がしたい」、私は「職場から少し離れたい」、ということばかりを連絡し合う日々が続いた。
彼の支えになりたいけど、余裕もない。誰にも頼れず疲れ切っていた
彼が体調を崩したのは、緊急事態宣言の延長が決定された頃だった。
もともと精神面で不安定な部分があった彼がそうなってしまったのは、仕方がなかったのかもしれない。私はただただ彼のことが心配だった。
それからは、それまで以上に2人の間の話題が減ってしまった。彼の体のことばかりだった。
私は、少しでも彼の支えになれたらと思っていた。けれど、私だって余裕はなかった。
相変わらず、職場では急な対応変更が何度も続いていた。同僚や上司も自分の仕事で手一杯で、誰にも頼れなかった。体力的にも精神的にも、疲れ切っていた。
帰宅したら、彼と連絡を取り合う。
「今日はどう?」「大丈夫?」
もはやルーティン化してしまっていたし、正直、私が彼の体調を気遣うことは彼も当然のことと考えていたと思う。
彼からは「テレワーク嫌だ」「何もできない」と何度か言われた。在宅勤務が羨ましかった私からすると、「恵まれた立場なのに何を文句言っているんだ」と思わずにはいられなかった。電車通勤も長時間の残業も、いつかコロナ感染の原因になりそうで怖いと伝えていたにも関わらず、だ。
少しでも彼から私を労ってくれる言葉があったなら、状況は違っていたのかもしれない。
彼は私のことなんて見てないのだと感じるようになった。
今振り返ると、彼だって自分のことでいっぱいいっぱいだったのかもしれないとは思うけれど、私も同じだ。
彼の支えになりたかった。でも、私のことも支えてほしかった。
「情けなくてごめん」。そうじゃないんだよ、私も大事にされたかった
このままでは私も倒れそうだ。ふとそう思った。
そのままの勢いで「別れよう」と彼にメッセージを送った。「コロナが落ち着いたら会おうね」と言っていたのに、結局会えずじまいだった。
「情けなくてごめん」。彼からは最後にそんなメッセージが来た。
でも、そうじゃないんだよ。私だって大事にされたかっただけなんだよ。
彼と別れて1年が経つ。
初めは、弱っている彼に突然別れを切り出した自分が人でなしじゃないのかと考えていたが、酷かった肌荒れが落ち着いたのを実感してからは開き直った。おそらく遅かれ早かれ破局していただろう。
私にとっては、ずっと何かに追われているような1年間だったけれど、幸い倒れることもコロナ感染もなく過ごせた。
あれから彼に連絡することも、彼から連絡がくることもない。この先、彼と会うことは二度とないし、未練なんてちっともないけれど、「彼が元気で過ごせていますように」とだけは、願っている。