私、24歳、派遣社員。この間、契約を切られた。
年上の彼とは3年前、契約先の会社の面接で出会った。運命的だった。担当の派遣会社が契約書にサインするより早く、2人は恋に落ちた。対人スキルに秀でた彼の押しに負け、あっさり交際をスタートさせた。
交際2年目の春、コロナの影響は「私と彼」の間にも及んでいた
メールより電話。電話より会いたい。会うよりずっと一緒にいたい。その、少し湿度の高い古風な考え方がかわいくて面白く感じる。彼のことが好きだった。
仕事終わりは彼の車で帰宅し、そのまま私の家に泊まり、出社。土日は彼の家で過ごす。仕事と彼との往復。それがルーティン。実際、年間の8割は一緒で、まるでどこかお互いに足りないものを補い合うようにひたすら一緒に過ごした。
でも、交際2年目の春。突如として現れたウイルスの魔の手は、私達の会社にまで及んできた。人件費削減のため、周囲の末端のバイトや派遣社員は徐々に減らされ、仕事の負担は有望株の彼へ。2人で会う機会が減ってきてしまうのが目に見えていた。
「しばらく出社しなくていいんだって……」と私がそう切り出した時、彼は一度難色を示した。かといって、非正規雇用はいつ切られてもおかしくない情勢で、どうすることもできない。
「今までみたいに2人で会うのは危険だよ」と私が言った。上京してきた一人暮らしの私とは違い、真面目な彼は高齢のご両親が心配で実家に戻ることになり、そのタイミングで一度距離を置くことにした。彼は不安そうだったが、私は全く不安じゃなかった。
私と彼の性格は対極だった。だからバランスが良かったのかもしれない
彼は古風な人だった。仕事で使うPCの機能は一通り使いこなせるものの、SNSは全く知らない、興味がない。私は逆。ネット世代に生まれ、仕事はともかく、SNSが愛別離苦な2人を繋げる唯一の天の川だと思っていた。
最初から、私達はある意味バランスが良かったのかもしれない。非正規雇用と正規雇用。SNS“ガチ勢”と“逆張り”。自分の知らないものを相手に埋めてもらうように、自分の対極にすがるように、常に、常に一緒にいたのに。
会うのを控えるようにしたあの日から、急速冷凍の如く急激に温度が変化していったように思う。すぐ収束すると思っていたウイルスの猛威は世界の混乱を止めぬまま、3週間経ち、3ヶ月経ち、SNSでの連絡も少ないまま1年が経った。私は契約の更新を迫られていた。
彼は古風な人だった。社外ではインターネットはほとんどやらず、営業職でもないのに手紙を書いたり、人と直接会うのが好き。私の苦手な対人業務も何度も支えてもらった。私は、直接のコミュニケーションが苦手で、呼吸するように新しいものを求める性格のせいか、彼と会うまでも仕事も転々としていた。
コロナ禍でなければ、気付かなかった私と彼の間にあった凹凸感
彼とは真逆だった。考え方が違い過ぎた。コロナ禍で日々進化し生まれていくコンテンツは私を飽きさせることなく、円滑かつ現代らしいやり取りを楽しめる。私はそう感じ始めていたし、彼もそうだと思っていた。
しかし、ある時彼は「コミュニケーションをもっと取りたい」と言ってきた。私は彼とほとんど毎日“コミュニケーション”を取っている。次第に息がしづらくなっていた。
あっさりと契約を切られることになった。最終日は、パツンとコロナ禍で全く変わってしまった日常が、フレームごと切り取られたみたいに終わった。最後まで悩んだ末、「今までお世話になりました」と私は言った。最後に会った彼のマスク越しの表情は、よく分からなかった。
でも、これで良かったのかもしれない。私はまた新しい職場と契約をし、新しい仕事をする。何もかもまた新しい日常が作られ始めている。コロナ禍でなければ気付かなかった2人の間の凹凸感は、次第に曖昧になっていた。