「ポスドク」という職業をご存じだろうか。大学院で博士の学位を取得した後、研究者の第一ステップとして多くの若手が一度は経験する、パートタイマーの研究者のことで、いわば「非正規雇用」だ。
私は来年度からこの職業に挑戦する。20代後半の新しいスタート。正規雇用の社会人として過ごした「安定」を捨てるのは、少し勇気がいる。それでも飛び込んでみることにしたのだ。
私は少し変わった経歴を持っている。大学院修士課程で2年間を過ごした後、民間企業に就職。そして社会人3年目で、大学院博士課程を受験するチャンスが訪れた。無事に合格した後は、民間企業で働きながら大学院で研究をするという「二足のわらじ」生活がスタートした。
入学前から覚悟はしていたが、目が回る生活が待っていた。平日は仕事、休日は研究漬けの毎日。有休は学会参加に消えたし、貯金の一部は学費と専門書にあてがった。
友人たちはどんどん妻となり、母となっていく。研究結果がうまくいかず、仕事でも失敗が続いた時期に、SNSで友人たちの子どもたちの写真が流れてきたときは、「私、何やってるんだろう…」と自己嫌悪にも陥った。
それでもどうにかこうにか日々をこなし、この度晴れて博士の学位を取得できることとなった。
日本には博士として生きていけるポジションはとても少ない
ここで少し、「博士」とは何か説明を加えたいと思う。「博士」は、海外では民間企業でも重宝されるひとつの資格とみなされているが、日本では博士が博士として生きていけるポジションはとても少ない。
海外では企業研究者は博士が多いが、日本ではあまり大学や研究所に所属するのが一般的である。
3年や5年といった任期終了までに正規雇用先が見つからないということは多々ある。そうすると、次の職場にまた非正規雇用として移籍する。不安定な立場で何年も過ごすことは経済的にも精神的にもかなりしんどい。
私が研究を始めたもともとの理由は、「この分野の専門家になりたい」と思ったからにほかならない。そのために民間企業で実務経験を積み、大学院に入りなおして博士になった。学位取得は一つの区切りではあるが、ようやく専門家としてのスタート地点に立てたという感覚だ。だから自分の専門分野で、専門家として働くための次のステップとしてポスドクの勤務先を探し始めるのは、私にとって自然な流れだった。
博士だから「研究者」でなくても、「専門家」として生きる道もある
しかし、日本での雇用先の少なさと、不安定さ、そして自分の年齢を考えると、これから先何年もポスドクとして研究者を続けるのは難しいだろう。
だから私は新しい道を作りたい。幸い、正社員として働いた経験がある。これから数年間は、たとえ非正規雇用だとしても、専門家として成果を上げるつもりだ。そして、それと並行して自分で事業を興すことを考えている。
練り始めた構想は、最初はただの妄想でしかなかったが、ありがたいことに「面白い」といってくれる経営者の味方ができた。これからは具体的な資金調達も考えていかねばならない。やりたいこと、やるべきことは盛りだくさんだ。
博士になったからといって、最終的には「研究者」にならなくてもいいんじゃないか?「専門家」として私にできることは、きっと他にもあるんじゃないか?道がなければ作ればいいじゃないか。今はその気持ちが私を支えている。
「わたしの働く理由」。それは、専門家としてこの社会に貢献することだ。少しでも多くの人に、専門家として私ができることを届けたい。
そのための次のステップが非正規雇用だとしても、きっと未来の私は後悔しない。そのために、今日もがむしゃらに生きていこう。