私は幼稚園から大学まで、全ての学校生活は共学で過ごした。結果としてそうなっただけであり、自ら共学を望んで来たわけではない。

初めて共学・別学の選択肢が与えられたのは、高校受験のときであった。志望校選びは、自分の学力と相談した上で、部活や留学制度の充実度合いといった、やりたいことができるかどうかを軸にしていた。そのため、共学か別学かは全く気にしていなかった。

結果的に共学も女子高も受験し、どちらからも合格通知を受けとることができた。両親の方針も、どちらかへの進学に絶対的にこだわっていたわけではなく、共学でも女子高でも充実した学校生活を送ることができればそれで良いと考えていたようだ。

私が「女子だけの部活」に所属していて感じた二つのメリット

自分の意思で共学の高校に進学したが、入った部活が女子部で、女子高に入ったかのような経験も味わうことができた。共学の中の、女子だけの空間で過ごした私から見た共学と別学のメリットやデメリットと感じたことを挙げていきたい。

一つ目のメリットは、男子の目を気にして、自分の行動を制限しなくて良かったことだ。
運動部だったので、汗だくになりながら筋トレしたり、思いっきり声出しをしたりすることがあったが、女子だけの空間では男子の目を気にせず振る舞うことができた。すなわちそれは遠慮しなくて良いことを意味し、毎日思いっきり部活が出来たと胸を張って言えるくらい気持ちが良かった。

二つ目のメリットは、団結力を高めることができたことだ。
一般的に女子は群れる性質があると考えられているが、男子がいない環境だと、重いものを運ぶことや高いところの掃除もすべて女子だけで行わなければならない。男子に頼ってしまいがちなところも、不公平感なく女子だけで乗り越えたことで一体感が生まれ、もしかすると大会の結果に繋がっていたかもしれない。

部活以外は「男女共学の高校」だった私が感じた二つのメリット

部活外の高校生活ではどうだったかと思い返してみたときに、思いつく共学のメリットの一つ目は、バリエーションに富んだ高校生活を送ることができたことだ。女子だけより男子も同じ環境にいた方が、話題は豊富で男子の話によく笑っていた記憶がある。

体育祭では、普段体育の授業を一緒に受けない分、若さのみなぎった、女子を超越したパワーに圧倒された。大トリのリレーでは、クラスのために頑張るリレー代表を、男女関係なく本気で応援したのは、すごく良い思い出だ。

共学のメリットの二つ目は、女子男子で線引きをせずに友情を育めたことだ。高校の校風かもしれないが、男女の壁を越えた友情が存在しているのをよく見てきた。

社会人になった今でも、高校時代から仲の良い男女のグループで集まっているのはSNSの投稿で見るし、私も以前まで出張に行った際には、「来週近くに行くよ」と連絡をしてごはんを食べる男子の同級生がいた。高校時代の思い出を共有できる仲間が男女問わずいることは、人生において価値あることだと考えている。

今までと違う環境で過ごした人が集まることで感じた「デメリット」

私は、このように共学で女子部に所属していたことは、共学・別学の良いとこどりができていると思って高校生活を終えた。ところが大学生になって、これまで違う環境で過ごして来た人が全国から集まってきたことで、デメリットだなと感じたことが二つある。

一つ目は、大学入学当初は、男子と変わらぬ言葉遣いをしていて、おしとやかとは程遠い物言いをしていた。私の乱暴な物言いに、新しくできた友人がぎょっとしたのが分かったときに言葉遣いを改めようと心に誓った。

「女子たるもの、丁寧な言葉遣いをしなければならない」というのは、ジェンダーロールに縛られている気もしなくはないが、言葉遣いはすぐに崩れてしまうということは身をもって知っているので、「うまい」や「お前」といった言葉を人前で発することは今日も封印し続けている。

二つ目は、大学に入学して、これまで一人も彼氏がいたことないとカミングアウトしたときに感じた。二の次には皆口を揃えて、「女子高出身か?」と聞いてきた。共学だったと答えると、「男子がいる環境で過ごして来たのにどうして?」と続くのだった。

性格に難ありなのかという疑念を持たれたり、恋愛に興味がなかったかわいそうな人というレッテルを貼られたりしているのかと思うと、やるせない気持ちになった。私は、ただ部活と勉強に忙しく、学生生活の中で、彼氏という存在に割く時間と器用さを持ち合わせていなかっただけだ。

彼氏いたことないイコール女子高出身と考える人たちには、共学出身で彼氏がいなくても、充実した学校生活を送れたことを声を大にして言いたい。