忘れられない人なんて、30ぐらいになれば1人や2人いるに違いない。私はそう思っている。何故ならその人にとって全く何も起こらない30年なんてどう考えたっておかしいのだ。何か変化が起きなければ、脳は正常に作動しない。
そう断言できるのは私が医療職に就いたからである。
話は逸れたが、貴方の忘れられない人はどのような姿をしているだろうか?
きっと離れ離れになってしまった当初の姿で、変わらず微笑んでくれているのではないだろうか?
私は、21~22歳の時に、詳しい内容は割愛するが目も当てられないぐらい痛々しい恋をして、自分で言うのも変な話だが、健気だった。
溺愛した恋が終わり、男を取っ替え引っ替えするたびに夢に出てくる奴
その時の男(以下、奴)は、自他共に認める屑で、でもその自信に満ち溢れた姿に、私は心底男らしさを感じていたし、どんなに振り回されてもついて行きたかった。
そもそも当時の私は女性らしい振る舞いが出来ず、同級生からは「適当人間(私)のことを好きになったらゲイ」と言われるほどの見た目と性格のガサツさで、殆どの男子が女扱いをしなかった。
だからこそ、女性として扱われた時、普通の女の子以上に舞い上がり、より奴のことを溺愛してしまったのだと思う。
さて、そんな痛々しい恋が綺麗に終わるはずもなく、未練タラタラで終わった後、私はヤケクソになり、好きでもない男を取っ替え引っ換えすることになる。
タイトルにもある通りだが、奴は決まって、新しい男と交わると夢に現れるのである。
デートした日や付き合った当初には出てこないし、別れてすぐの時の"夢の中でも良いから会いたい"と思っていた時は全く出てこない。そうして、もうそろそろ吹っ切れたなーと思った矢先にひょっこり夢に現れる。
そして、ムカつくことに、奴はより一層カッコよくなっているのである。
男と深い関係になっても、俺が好きだろ?と奴は夢で問いかけてくる
私が奴を好きだった頃、奴のファッションはアメカジが主だった。ジーンズにチェックのシャツに軽くダウンベストみたいなのを羽織って、髪は茶色く染め、パーマを当てていた。その当時の流行りだったように思う。
多分、その当時のままの奴の姿なら、ふふ、可愛いな、と私も一蹴出来るのだが、夢に出てくる奴は髪型もファッションセンスもがらりと変わり、顔だけ当時のままなのだ。
そんなことをした次の日の夢ならいかがわしいかと思いきや、私の好きだった余裕のある笑顔で、一緒にたこ焼きを食べに行き奢らされたり、一緒にコンビニに行き、私の欲しい物が最後の一個でも俺に譲れと言ってくる……そんな他愛もない夢。
隣の男とどんな深い関係になっても、そんな俺のことが好きだろ?
そう問いかけてくるような夢。
いつかの平安時代では、夢に現れた人の方が夢を見た人のことを好きなのだと都合よく解釈していたけれど、私はやはりそうは思えない。
心を捉えて離さない人を、忘れ去らないように、心の奥底の自分が、記憶を改竄して持ち上げてくるのだと思う。
無意識に、雑誌やテレビで見たファッションや髪型を奴に当てはめて、ほら、やっぱり似合う、と。
無意識に、奴とこんなことしたかったな、という願望を見せて、ほら、やっぱり楽しい、と。
奴の魅力を知ってしまったから、愛しているようには振る舞えない
もちろん目を覚ますと、大好きだった男の代わりに、昨日なんか頑張ってた男が寝ている。そんな風に思うと、少し冷めた感覚で対応するからか、私は決まって「愛されてる実感が湧かない」と言われて男の方から振られてしまう。
それもそうだろう。
1万円以上の大した量のないフレンチフルコースを奢って凄いだろうと言ってくる男より、600円だか800円だかのたこ焼きを奢って「うま、ありがと」と言ってくれる男の方が素敵だということ。
髪の毛を伸ばしてくれたらもっと好きになれるのにと言ってくる男より、「俺のやりたいようにするし~」とコンビニに置いてあった最後の歯ブラシセットを私から奪っていく男の方がカッコいいということ。
それが分かってしまったら、知らなかった頃のようには振る舞えない。
そう演じられるほど私が強かな女であったなら、とっくの昔に結婚して、私の周りの友達のように母になっていただろう。私はまだまだ子供で、一人の男に執着してしまうほど視野が狭いのだ。
分かっている。
私はきっと、これから先だって、奴の夢を見る。
そして、あぁ、やっぱり好きだ、と胸が締め付けられて、隠れて泣く。
ずっと、それが繰り返されれば良いと、心の奥底で考えている自分がいる。
だって、忘れられない男と出会えたことだって素晴らしい奇跡だ。
もちろん、「もう一度会いたいですか?」と訊かれれば二度と会いたくないです、と答えるけれども、彼が私のストッパーになっているには違いないのだ。
本を作るまでは夢で奴に会わない。臆病な私は恋する心に蓋を閉じる
この歳になると、周囲に流されてとりあえず結婚しようと思い、婚活に走る。
結婚はしたいし子供だって産みたい。
でも、私はもっとやりたいことがあったじゃないか、とも思い出させてくれた。
私は自分の本を持つことが、その当時の夢だった。もちろん小説家としてデビュー出来るだなんて思わないし、今の安定した仕事から離れるつもりもない。
だけど、結婚して子供が生まれれば自分の時間がなくなってしまう。だから、今のうちに書き切って自費出版で本を作ろうと思う。
それまでは、奴と夢で会うこともないし、誰かを傷付けたり、誰かに傷つけられることもない。
臆病なアラサーはそう言って、恋する心に蓋を閉じる。