「別れよう」
バイトが終わり、昼寝から目覚めてスマホを見ると、メッセージが届いていた。最悪な目覚めだった。当時付き合っていた彼氏からだった。
皮肉にも別れの一言で、彼も付き合っている認識はあったと知った
付き合って2年ほどが経ち、毎日していたLINEは気づけば頻度が下がり、私が連絡をしても返事が来るのは1週間後。連絡をとっていないだけで、会っていたかといえばそうではなく、大学の構内ですれ違うこともなく、彼氏なのに消息が分からなかった。
これって付き合っているのかなあと、不安な気持ちが続いていたある日、メッセージが届いた。皮肉にもその一言で、一応相手の中でも付き合っている、という認識はあったのだと知った。
俗に言う、自然消滅だったと今ならわかる。
別れようと言われても、正直私はまだ好きなので別れたくなかったが、別れたいという気持ちが相手の中に明確にある気がして、別れたくないと言っても多分無駄だと感じた。なぜか、どこか冷めた自分がいた。
こうして、振られた理由も分からずに、大学生の私の恋は終わった。
別れてから5年以上経った今でも、ふとした時に彼のことを思い出す。もちろん毎日思い出すわけではなく、本当にたまに。今なにしてるんだろうな、と考えている自分がいるのだ。
本や映画に精通し、少し変わっているところもひっくるめて好きだった
だからといって連絡をするわけでもないし、当然相手からも連絡が来ることはない。ヨリを戻したいわけでもないし、どうにかなりたい、というわけでもないがなぜか気になるのだ。
おそらくこうやって思い出すのも、多分、自分が納得して別れたわけではなく、どこかで気持ちがくすぶっているからなのだ。そして、相手が少し変わった人だったからだ。
彼は本を読むのが好きな人だった。一人暮らしの狭いワンルームに、私の身長より少し低いくらいの本棚があった。文庫本が棚の中にぎっしりと、上から下まで並んでいた。家に行く度におすすめの作家を聞いてはその人の本を借りたり、彼が選んでくれた本を貸してもらっていた。
本に限らず、映画や音楽といった、文化的なものにかなり精通している人だった。今までそういう人に出会ったことがなかったので、私の目には魅力的に映った。
彼氏なのに私のことを名字にさん付けで呼ぶ所、私の誕生日を知っているのかよく分からない所とか、そういう所を全てひっくるめて好きだった。
当時、別れて間もなく、私は彼に連絡して「本を借りたいから、少しだけ会ってほしい」と言った。
本なんて別に口実だった。会うための。別れたという事実に対する、僅かながらの抵抗だった。別れていたから、理由がないと会えなかった。
口実をつけて借りた本は今も返せないまま、開けず本棚に眠っている
そんな風にして、何回か会った。いつも大学の門の前で待ち合わせた。少し世間話をして、本を借りて別れる。それだけだったが、それでも私はその時間が楽しみだった。その時だけ時間が止まって、周りを行きかう学生が背景にしか見えなくなった。
いつも、会う時間が近くなると、トイレに行きリップを塗りなおした。そんなことをしたって、なんの意味もないのに。
結局それも、就活が忙しくなってからは他のことを考えている余裕がなくなり、それからは一度も連絡をとっていない。
私の家にはまだ彼から借りた本がある。半分も読めていない何冊もの本は、私の部屋の本棚に眠っている。今更、読む気にもならない。なるわけがない。その本達は、私を彼に会わせてくれた時点で、もう役目を終えてしまっているからだ。本には申し訳ないけれど。だから、眠っている、という言葉通り、私がその本棚を開けることはほとんどない。
だが、このエッセイを書くことで、少しだけパンドラの箱を開けてしまったような気がする。
まだ中身は見ていない。このまま目を開けて中身を見るのか、それとも見ずに箱を閉じるのか。
未来の私だけが、この答えを知っている。