あの夜があったから、今の私がいる。
あの夜があったから今の幸せがある。
分かっているのに、何度思い出しても少しの後悔と、悲しみと、貴方からまた連絡があるんじゃないかって望みを抱いてしまう。
今夜で終わりかも…。何度も言われたセリフに最後まで伝えたワガママ
2回り近く年上の貴方と一緒に暮らして1年半。2度の別れを経て、私たちは3度目の別れ話をした、
深夜0時。いつもこの時間。突然ベッドから抜け出したあなたの気配に気づいて、「ああ、またか」と妙に頭は冷静で。「また、何か考えてるの?」と分かっているのに聞く私。椅子に座る見慣れた貴方の姿を見るのは今夜で本当に最後かもしれないと覚悟をして、私はソファに座った。
「一緒にいない方がいい」
何度このセリフを聞いたかな。分かってるよ、あなたが子供達が大切なこと。分かってるよ、私といる事が幸せだけど苦しいこと。それでも私は一緒にいたくて、何度もワガママを言ってきた。でも、もう本当に限界なんだね。
後悔はしたくないから、好きで別れたくないと最後まで伝えた。あなたはもう、目も見てくれなかったっけ。泣きながら私は深夜のタクシーに持てるだけの荷物を持って乗った。
ガラスの向こうにあなたの家が遠くなって、流れていくライトは涙で光の玉みたいに見えた。
誰もいない自分の家に帰る毎日は、あなたが好きだと実感する時間
久しぶりに帰った空っぽの自分の家。少しホコリの被った自分のベッドの上で、今日も仕事だから少しでも寝ないと、なんてぼーっと考えた。
大人になってしまった。失恋の悲しみに浸る時間もないなんて。
その日の仕事はどうやって終わったのか覚えてないくらい、あなたのことを考えていた。寝ず、食べずで事故を起こさずに仕事を終えたことを褒めて欲しかった。
その日から私は誰もいない自分の家に帰るようになった。癖で貴方の家に帰る電車に乗りそうに何度もなりかけた。Suicaに残る貴方の最寄りへの定期券に腹が立っていた。こないだ更新したのに。駅名を見るだけで息が出来なくなってしまった。それくらい貴方のこと好きだったんだなと会社に行く度、家に帰る度実感してしまった。
ただ、好きで、そばにいたかっただけなのに、それが難しかった
1ヶ月が経ち、ようやく貴方のいない生活に慣れた頃、たくさんの荷物が届いた。
開けたダンボールからは貴方の家の匂いがして、また、涙が止まらなかった。久しぶりに貴方に会ったような気持ちになって、たまらなくなった。貴方にあげたはずの洋服が一緒に入っていた。こんなの私には似合わないよ、と部屋に私の呟きがこぼれ落ちた。
貴方は思い出も全部私に送り返してきたんだね。荷物と一緒に一通の手紙が挟まってたけど、読まずに捨てた。
ごめんも、ありがとうも聞きたくなかった。
ただ、そばにいたかっただけなのに。ただ、好きでいたかっただけなのに、ただ、それだけが難しかった。
あれから誰のことも好きになれなくて、誰といてもあなたと比べてしまった。周りには2回りも上なんて、もっといい人がいるよと言われるけど、若くてかっこいい人がいいんじゃない。おじさんで、カッコ悪くても優しく大切にしてくれたあの人が良かったの。
深夜0時、私は今夜もあなたの気配で目を覚ます。