土砂降りの夜道を足早に歩いて、友達に電話した。
私と彼氏との交際を反対していた友達に。
当時、大学2年生だった私は同級生と付き合って8ヶ月だった。
彼氏は大学も一緒で、バイト先も一緒で、常にお互いが視界に入るくらいの距離感で過ごしていた。学食で友達といればその横を彼氏が通って手を振り合ったり、バイト先でも当然のようにお互いの悩み事について相談した。
私と彼氏のことは、同じ学科の女子グループのみんなも知っていたが、交際当初から反対されていた。
「本当に好みなの?前の人とタイプ違うけど?」
「ちょっと前まで苦手って言ってたのに、どういう風の吹き回し?」
1年以上一緒にいるみんなは、私の過去の恋愛遍歴を知っていた。彼氏はまず私の好みのタイプからはかけ離れていた。合致しているのは優しいところくらい。
また、みんなの言うように、付き合う前までは苦手なタイプだった。入学当初から、大学ですれ違うたびに声をかけられて長話をする羽目になったり、Twitterで一言呟けばリプが延々返ってくる。私が対応に四苦八苦する様子を見ていたから余計に疑問だったようだ。
めげずに来てくれる彼は、私を認めてくれていると思ってしまった
でも、接触回数はかなり大事なもので。
1年以上、私みたいな平凡な女に声をかけてくれて、バイト先でも助けてもらえたりすると、それなりに見方が変わってくる。
それに、私にとって恋愛は追いかけるものだったから、追いかけられるのが新鮮だったことも影響した。
めげずに来てくれることが、私を認めてくれてると思ってしまった。
私はモテる女ではないし、良いところもないのに、こんなに来てくれるってことはそれほど想ってくれてるんだろう。
どうしてこんな恋愛の捉え方になるかと言うと、家庭環境も少し影響するかもしれない。
母子家庭で育ち、母の実家で祖父母も含め暮らしていた。
母は結婚生活で苦労した。私は幼かったからうろ覚えな部分もあるが、父は酒に酔って帰ってきては、母に頼んだ録画がうまくできてない!と、そんな程度のことでも母を殴っていた。逃げるように母の実家に行き、離婚が成立したのは別居から5年後だ。
祖母はそんな母の姿を見ていたこともあってか、
「男は信用したらいけない」
と言う。
選ばれた嬉しさ、尽くされる喜び、自己肯定感が埋められる感覚の虜に
テレビで浮気、不倫、離婚など、芸能人含めそんな話を耳にするたび、男って……と思わずにはいられなかった。
一方で、少女漫画を読んで育った恋愛への憧れは消えることなく、むしろ「男が全員悪いってわけじゃないし」と思うようになった。
父のような人ではない、自分が求める相手と恋愛したいという気持ちは、私の恋愛感の根底にいつくことになる。
ただ、私は極端に自己肯定感が低かった。どこかで、私は選ばれる側ではないから、選ばれるように頑張り続けるしかないと思っていた。
だからこそ、彼氏に求められた時は嬉しかったし、応えたいと思った。
そんな風に、私は選ばれた嬉しさと、尽くされる喜びと、彼氏によって自己肯定感が埋められていく感覚の虜になった。
みんなの心配なんて受け取らずに、彼氏との世界が心地よくなっていく。みんなの声なんて耳に入ってなかった。
そうして8ヶ月たったころ、彼氏の家にいつも通りに泊まりに行った。
この日の、彼氏の家での出来事ははっきりとは思い出せない。
夜になって、求められた。でも、私はあまり乗り気ではなかった。応えたい気持ちはあるけどごめんね……と断ろうとしたとき、体を掴まれて、独りよがりな行為が始まった。
私が嫌う、女を搾取する男の顔をした彼に、本能が無理だと言う
私は彼氏の顔を見た。
彼氏は私の顔を見ていなかった。
これまでの8ヶ月の楽しかったことが全部吹っ飛ぶくらい、惨めになった。
私のこと、本当に好きなの?
問いかけたかったけど、私の気持ちを考えようともしない様子の彼氏のことを急に「あ、無理だ」と思ってしまった。
これは生理的に無理だって本能が言っていた。
私が嫌に思う、女を搾取する男だと思った。
追いかけられる恋愛からスタートしたけど、同じ熱量で気持ちを伝えあっているつもりだった。
彼氏の肩を押して、「ごめんね」とだけ言って、荷物をまとめて家を出た。
彼氏は訳がわからないという表情をしていた。
もうすぐ0時。こんな時間に誰かに電話をかけたこともなかった。
とにかく誰かに聞いて欲しかった。
何コール目かで友達は電話に出た。
「どうしたの?」
声を聞いて安心したら、涙が出た。
まとまりのない話を聞いて、友達はこう言った。
「だから大丈夫かな?ってみんなで言ってたんだよ」
友達の話によると、付き合い始めた当初から私のことをみんなで心配していたらしい。
私が男性不信なところがあること、自己肯定感の低いことをなんとなく気づいていたからだそうだ。
嫌われて搾取されないようにという気持ちは、友達に見透かされていた
「嫌われてないかなって心配そうなことが多かったよ」
言われて、反論する気にもならなかった。
彼氏を大好きだと思う気持ちは確かにあったけど、同じくらい嫌われるのが不安という気持ちがあった。
男を信用しちゃいけないなら、せめて嫌われたりして搾取されないようにしたい。
そんな気持ちでいっぱいだったから、周囲からは見透かされていたのだろう。
所詮、恋愛のままごとだった。
この一件があって、彼氏には謝罪をしたうえで別れた。
友達とはそれからも何かあれば相談している。
あの夜があったから、
私は彼氏への自分の気持ちが、好意ではなく保身だったことに気づくことができた。
心配してくれる友達がいるとわかって、自己肯定感もほんの少しだけ高まったように感じている。
今もまだ、男性不信は変わらないし、搾取されたくないなんて気持ちがあることは変わっていない。
でも、自分の保身のために、相手からの好意を邪険に扱うことはなくなった。
迷ったら友達にも相談してみようという気持ちをもつこともできた。
あの夜、友達が電話に出てくれて
本当によかった。