私のことを「推し」てくれていたファンがいた。
私はその人のことを裏切ったの。

東京にきて、私はアイドルをしていた時期があった。
アイドルになりたい特別な理由も、アイドルになる夢も私には別段なかった。
ただ周りから勧められて、なんとなく応募したオーディションに通過して、折角受かったのだからと事務所に所属しただけだった。

本当の私と全く違うアイドルとしての私。そんな設定が続くのかと心配

初めてのステージでは、新人の子たちのお披露目会があって、告知で集まった先輩グループのファンの人たちに1人1人自己紹介をした。
次のステージでは、気づけばグループの中でセンターをしていた。
どうしてかはよくわからないけど、それからチラホラとファンもつくようになってきた。
背が低くて幼な顔の私は、プロデューサーからツインテールのぶりっ子キャラクターを任命された。
あまりものを知らないぐらいの、恋愛経験のないに等しい、お人形みたいなキュートな女の子。
本当は小難しいことが好きで、男みたいに声が低くて、セックスが大好きだったから、私にそんな設定が続くのか心配でしょうがなかった。
そんな私を覆い隠すかのように、用意された衣装は、白いレースとフリルが大量についた、赤のミニドレス。
お揃いのサテンの赤いリボンで髪の毛を高い位置に2つ結ぶ。
瞳が大きくなるカラーコンタクトを用意されていて、普段の私とは正反対だった。
振り付けを間違えて、バテて歌声が出なくて、それをいつも薄っぺらい笑顔で誤魔化す私を、ファンのみんなは受け入れてくれるのが分からなかった。
こんな私のどこがいいのか理解できなくて辛かった。

ステージが終わり、私にとって一番辛いのがファンとの交流イベントの時間

ステージが終わり、私にとって一番辛いのがファンとの交流イベントの時間だ。
私と少しの間話すだけの数千円のチケット。
その貴重なチケットを持って、整列して何度も来てくれる人たちの顔も名前も、私は思い出せない。
他の子みたいに覚えられない。
その場でメモして、家に帰ってから思い出そうとしても、イベント中はメモする時間もないし、顔の特徴も思い出せなくて……。

あ。
あの人は知っている。
いつも私の握手会チケットと交流チケットを、何枚も何枚も買ってくれる人だ。
また私のところに来てくれた。
よかった。
でも、本当に大丈夫かな?
体は前より痩せ細っているし、目の下にクマもたくさんできている。
お仕事、大変なのかな……。
「こんにちは。また会いに来たよ」
「こんにちは。○○さん。いつも、本当にありがとう!今日はお仕事、お休みなんですか?」
「今朝までずっと夜勤で働いていたよ。今日のために、たくさん、働いたんだ。この後も仕事で、バイトを7つ掛け持ちしているんだ。体は正直疲れてるけど、会いたくて」
そうだったんだ。
いつも、頑張って会いに来てくれるんだ。
でも、私は本当は何もない、普通の子なのに。

私の一言がファンにショックを与え、その人は私の前からいなくなった

そんな私との数分の会話に大金を使うよりも、そのお金でもっと美味しいものを食べるとか、マッサージに行ってゆっくり体を休めてほしい。
こんな疲れきった体になってまで、会いに来てくれるなんて、なんだか申し訳ない……。
もっと有意義なお金と時間の使い方をして欲しいな。
来てくれるのは嬉しいけど……。
「ありがとうございます。ただ、ご無理はしないでくださいね」
「え…。あ……」
心配したつもりでかけた一言だった。
その人は、目を大きく見開いて、少しだけ固まって、列から外れていった。

その日から、私のSNSにその人からのコメントは来なくなったし、イベントがあると私以外のメンバーのもとへ並んでいく姿を見るようになった。
なんでかわからないが、あの人にとってあの一言は地雷で、ショックだったんだと思う。
同情してると思われたのかもしれない。
正直そうだった。
あの一言を放った時の私はきっと、かわいそうなものを見るような顔をしていたと思う。
どんな人でもメディアに出る人間は、様々な事情があってファンが離れていくなんて、よくあることで。
それでも、身を削ってまで会いに来てくれる人の大変な姿を、見て見ぬ振りなんてできなかった。
それに気づいてまで推してほしいなんて言えなかった。
けれども、私の前からいなくなるなんて思わなかった。
私もショックだった。

ファンを裏切る返ししかできず、期待に応えられない。もう、やめよう

アイドル熱のない私は、同期のある女の子から嫌がらせを受け始めていた。
耳打ちで悪口を言われたり、理不尽に怒られたり。
案の定、その人が私の次に推し始めたのはその子だった。
もう、やめよう。
期待に応えられない、ファンの気持ちを裏切った返ししかできない。
マネージャーに体調不良と伝えて、それからのステージは一切不参加だった。
センターも、ツインテールも、気づけばその子がしていた。

マネージャーに、今までのお手紙を書いた。
そして、赤いドレスと赤いリボンを畳んで段ボールに詰めた。
宛先は、私のいた芸能事務所に。