あの夜があったから、私は自分を見失わずに済んだのだと思う。私にとって転機となったあの夜は、今から2年前の社会人1年目の冬。

その夜、私は初めて彼氏以外の男性と夜を過ごした。当時の彼氏と付き合い始めてから4年が経とうとしている時だった。

憧れの彼氏。「彼にふさわしい彼女になろう」と私はいつも必死だった

彼氏とは大学1年の終わり頃、付き合い始めた。1つ年上の彼は、頭の回転が速く、勉強ができる上にユーモアもあった。いつも自分のやるべきことがわかっていて頼もしく、憧れの存在だった。

そんな彼が自分の彼氏であることが誇らしくて、彼にふさわしい彼女になろうと私はいつも必死だった。服装や髪型は、彼が好きだと言ったものを全部取り入れた。本当は小説が大好きなのに、彼に「小説の何が面白いのかわからない」と言われてからは、彼の前で小説を読むことはやめた。

社会人になって一人暮らしを始めるときも、彼に「近くに住んでほしい」と言われたから、会社から物件を紹介してもらったにもかかわらず、彼の家から遠いという理由で無理を言って彼の家から近い物件にしてもらった。

平日も休日も、予定がなければ基本的に彼の家で過ごした。彼は大学4年になる年に休学して留学していたから、私が社会人になってもまだ学生だった。

私よりも時間の自由度は高かったはずだけれど、彼が私の家に来ることは一度もなく、私が仕事帰りに直接彼の家に行き、朝方に自分の家に寄ってから出勤するという日々を繰り返した。寝不足のせいでできた大きなニキビが、1か月以上治らなくても、彼に「会う回数を減らしたい」とはどうしても言えなかった。

彼は私にないものをたくさん持っていた。だからなのか、近づこうとすればするほど遠い存在のように思えてしかたなかった。彼との距離を埋めるために、彼の求める自分になろうとした結果、物事の判断基準が「彼がどう思うか」になり、自分で決めるべきことも彼に確認せずにはいられないようになってしまっていた。

久しぶりに一人で過ごす予定だった夜。一人になると寂しくて同僚と会った

あの夜が訪れたのは、そんな自分の弱さに気がつき、自分が自分でなくなるような恐怖を感じ始めた頃だった。11月下旬の土曜日。その日は彼がインターン先の飲み会で、久しぶりに一人で夜を過ごす予定だった。一緒にいるときは一人になりたいと思うのに、いざそうなると寂しさが込み上げてきた。

ふと、よく飲みに行く会社の同僚が「いつでも誘って」と言ってくれたことを思い出し、その同僚と約束を取り付けた。約束の場所は、私の家から電車で10分ほどの馬刺し専門店にした。

いつものように、仕事の話や週末にどう過ごしているかなどを話しながら、日本酒と馬刺しをおいしくいただいた。お腹が満たされたので店を出て、駅の改札前で別れの挨拶をしようとした。

すると、電車の時間を調べた彼が、「帰るの面倒くせー」と本当にダルそうに言った。彼の家は、そこから電車で1時間近くかかるところにあった。そのときすでに午後10時半を過ぎていた。今から帰るとなると12時近くなるし大変だろうと思った私は、特に深く考えもせず、「じゃあ、私の家に泊まる?」と口にしていた。

家に着いて、シャワーを浴びて、それぞれ別の布団に入った。横になってはみたものの、すぐ眠ることができずにいると、彼が「寒いからこっちに来て」と私を呼んだ。布団も毛布も二人分あったから十分暖かいことは知っていたけれど、私はその言葉に素直に従った。

お互いの体温を分け合うようにじっとしていると、彼の唇が私の唇に触れた。そして、彼は「怒る?」と聞いた。私は、「何に?」と答えた。そのあとはもう、何のためらいもなかった。

全て彼氏のためと思っていたけれど、本当は責任から逃げていただけ

朝を迎えて冷静になったとき、本当にどうかしていたと思った。彼氏以外の男の人と一夜を明かしたことよりも、それまで自分が彼氏の意見を優先して行動したことに対してだ。

全て彼氏のためと思っていたけれど、本当はただ、自分の行動に自分で責任を持つことから逃げていただけだった。そして私は、彼氏と別れることを決意した。

彼氏から離れなければならいと、本当はずっと前から分かっていた。それでもずるずると関係を続けていたのは、一人になることが怖かったからだと気づいたのだ。彼氏がいることを知りながらも自分を好いてくれていた同僚に対しても、とっくに気持ちが離れていた彼氏に対しても、そんな自分勝手な感情で付き合わせてしまったことが申し訳なかった。

あの夜がなかったら、私は今も彼氏を逃げ道にして、何かうまくいかないことがあるとすぐに他人のせいにするような、カッコ悪い生き方をしていたと思う。恋をして好きな相手のために努力することは素敵なことだけれど、自分の行動の選択権までも相手に委ねるのは、相手のために尽くすこととは違う。自分の人生なのだから、人生の主人公は自分でなければならない。

あの夜があったから、私は恋の呪縛から目を覚ますことができた。そして、自分の気持ちを大切に生きようと前を向くことができたのだ。