23歳の私には、18年間憧れ続けるヒーローがいる。
その名はさやちゃん。
5歳児のさやちゃんは、私の背中をいつも押してくれている。
5歳児のヒーローは、正義感が強く思いやりのある女の子だった
私は幼い頃から小心者で泣き虫だった。何をやるにも誰かが背中を押してくれないと、勇気が出ない。
幼少期は特に酷かった。不安になると固まってしまい、動けなくなった。近所のおばさんに声をかけられると親の後ろにすっと隠れ、ショッピングモールで迷子になったときは、服の陳列棚に隠れてほそぼそと泣いていたという。
一方、私のヒーローは正義感が強い、思いやりのある女の子だった。いつも私に勇気を与えてくれた。外に出るのが恐くて保育園の端で絵本を読んでばかりの私を、初めて外に連れ出してくれたのもさやちゃんだった。
当時のことに関しては、物心ついたばかりで記憶も曖昧なことが多い。そんな中、あの日の記憶は今も鮮明に残っている。
先生の怒鳴り声に固まってしまい、その場に座り込んでしまった私は…
年中の冬、私の保育園で毎月行われる誕生日会の後のことだ。お遊戯室での誕生日会が終わり、各教室へ戻った。
担任のゆき先生から「教室に戻ったら席に座ってるんだよ。先生とのお約束ね」と言われていた。しかし、みんな席に座らずに走り回ったり、おしゃべりしたり、あばれたりしていた。私も友達と地べたに座りながらアルプス1万尺をして遊んでいた。
しばらくすると、ゆき先生が教室に戻ってきた。元々園児に対して厳しかったゆき先生は、約束を守っていなかった私たちを見て大声で叱った。
「なんで座っていないの?先生とのお約束は?」
先生の叫び声は教室に響き渡り、私たち園児は時が止まったかのように凍りついた。
そしてもう一度、
「先生とのお約束はなんだった?」
にらみつけるように私たちをみた。その瞬間、みんなは一斉に近くにある椅子へと走り出した。私の保育園は席が決まっていなかったため、我先にと近くの席へと走り、座った。
一方で、先生の怒鳴り声に驚いてしまった私は座っていた場所から固まってしまった。みんなが椅子へ走り出すなか、どうしたら良いのか分からず、そのまま座り込んでしまった。
案の定、私以外全員が席に座った後も、私は動けないまま、教室のど真ん中で泣いてしまった。ゆき先生は動かない私の顔をのぞき込み、「先生とのお約束忘れちゃったのかな?」とささやく。ゆき先生の目は笑っていなかった。それがまた私に恐怖をあおり、言葉を失ってしまった。
勇気を出して手を差し伸べてくれたさやちゃんの手は少し震えていた
しばらく座り込んだままいると、先生はさらに焦らせるように、
「この後おやつのケーキを食べるんだけど、食べたくないのかな。だったらお外で一人遊んでいたら?席に座れない悪い子ちゃんだもんね」
さらに恐くなった私は、先生から逃げるように教室の端へ逃げてしまった。
「あー」
と、また何か先生が言おうとしたそのときだった。誰かが私の元に駆け寄ってきた。
さやちゃんだった。
「私のお隣空いてるから一緒に座ろう」
張り詰めた空気の中、勇気を持って私を助けてくれた。さやちゃんの手は少し震えていた。
その後の記憶は曖昧だが、今でも手を差し伸べてくれたさやちゃんの笑顔だけは覚えている。
今思うとさやちゃんも恐かったんだと思う。不安な中、勇気を出して私に手を差し伸べてくれた。さやちゃんの勇気に気づいたとき、いつも自分のことで精一杯だった私も、勇気を持って誰かに手を差し伸べられる人になりたいと思うようになった。
いつか私も、あの時のさやちゃんみたいに、誰かのヒーローになりたい
あれから18年が経った。相変わらず小心者で不安になると固まってしまう。他の人にとっては大したことはないことも、私にとっては勇気のいることばかりだ。
カフェで注文する際に店員さんに声をかけることも、知らない人のみならず知人に電話をかけることも、街中で道を探している人に声をかけることも、自分から行動を起こすとき、勇気が必要だ。
そんなとき、さやちゃんを思い出す。
勇気を持って差し出してくれたあの手を、あの笑顔を思い出すと、少しだけ力が出る。真後ろにさやちゃんが笑って背中を押してくれている気がする。
さやちゃんとは18年前から一度も会っていない。彼女は年長になるとすぐに引っ越してしまい、連絡が途絶えてしまった。
どこで何をしてるかわからない。もしかしたら性格が変わり、私の憧れのさやちゃんではなくなっているかもしれない。
それでも私は記憶の中の5歳児のさやちゃんに今も憧れている。ここぞというときに背中を押してもらっている。
いつか私が誰かのヒーローになれるように、勇気を与えられるように強くなるまで、5歳のさやちゃんと共に歩んでいきたい。