あの人に憧れて、私は今を生きている。
彼は夜空に咲く花火のような人だった。私とは正反対の見た目と性格。今を楽しんで、今を生きている彼と未来のために生きていた私。
彼が今を大切に生きた姿は、いつしか私の憧れになった。

異世界の人物のように映った「今を生きていた彼」と付き合うことに

出会ったのは、友達がアルバイトをしていたバーでの合コン。第一印象は「私の苦手なタイプ」ただ、それだけだった。
今を生きていた彼は、あの日の私には異世界の人物かのように映った。それでも、彼のまっすぐな眼と仕事への熱に惹かれ、付き合うことになった。
当時の私は大学4年生。就活と実習に生きていた。彼の考え方や生き方は私のそれとは違った。

今を生きる彼と未来のために生きる私。将来の話になっても「私の親は反対するだろう。ずっと一緒にはいないんだろうな」そう思い、何も答えられなかった。
私の世界はいつも親が中心だったのだ。育った環境は似ているのに、こんなにも違う私たちはなぜ、一緒になったのだろう。
私は大切な人が離れて行って、一人傷つくのが怖かった。だからいつも、人と深く関わることを避けていた。

なぜ、大切な人ほど気づきにくく、気づいたときには側にいないのだろう。別れは急に訪れた。1週間前に会った彼はあんなに笑顔で、「好きだよ」と思いを口にしてくれていたのに。

別れたくないを飲み込んで演じた物分かりのいい女。素直になれない私

夏の暑さが残る雨の夜、1週間ぶりに会った彼は、いつもと様子が違った。皮肉なことに、当たってほしくない勘ほど当たるのだ。彼の口から出てきた言葉は「別れたい」の一言だった。私は初めて彼の前で涙を流した。後悔の涙だった。
苦手なタイプの彼は、いつの間にか大切な人になっていたのだ。私はただの一度も彼に「好き」と伝えることができなかった。

涙を流す私に彼はキスをして、苦しくなるくらい抱きしめた。彼の背中も揺れていた。暗く静かな車内に啜り泣く音がやけに大きく響いた。
「別れたくない」その言葉を飲み込んで、「分かった」と私は物分かりの良い女を演じた。最後まで、私は素直になれなかったのだ。

それから私は親の期待を背負い、彼を忘れるかのように、休むことなく就活を繰り返し、親の望む道へ進んだ。
忙しさが心の痛みを麻痺させた。彼が側にいない世界は想像以上に苦しかった。思い出の場所から逃げるように少ない荷物をまとめ、後にした。辛くも優しい思い出は、私に深い傷と癒しを同じだけ与えた。

1ヶ月の恋と愛犬が私に教えてくれたのは「今を生きること」だった

失恋の傷が癒えたころ、私は愛犬を亡くした。13年の時間があっという間に過ぎていった。寂しがり屋な性格なのに、深夜にひとりで旅立ったあの子は、どんな私でも変わらず愛してくれていた。数ヶ月ぶりに会うときも、髪型が変わっても、私に気づくと真っ先に飛びついて、散歩に行こうと誘った。
私はどれだけの時間を一緒に過ごしてあげられただろうか。私の側に来て、幸せだったのだろうか。答えは永遠に分からないままだ。愚かにもあの頃の私は、写真などいつでも撮れると思っていた。スマホに残ったあの子の写真は、たった2枚だけだった。

たった1ヶ月の恋と愛犬は、私に今を生きることを教えてくれた。
今いる大切な人は、明日も自分の側にいる保証なんてどこにもない。私も明日の朝、目を覚ますことができるかなんて誰にも分からない。
だから今、大切な人を抱きしめて、感謝を伝え、大好きだと言いたい。
彼や愛犬に伝えられなかったあの頃の私の分まで。