もうなんとも思ってない、なんとも思えない。だから私は「好きな人」のカードを破った。
昨年、田舎から都会の大学に入学した。私は、入学試験が実技で、一昨年の8月には合格が決まっていた。
その試験で一緒だった男子に好意を持った。しかし、コロナで入学式もなく、新学期も大幅に遅れ、全オンライン授業で大学生活の幕が開けた。

好きになった彼には彼女。本当に好きなら、彼の幸せを願うこと

昨年の7月、 一人暮らしの部屋に引っ越す。まだオンライン授業だったため、友達もおらず、見知らぬ土地でひとりぼっちの生活が始まる。
そんな中、次の日必要な書類の手配を忘れた日があった。好意をもっていた男子もすでに引っ越していたことを、SNS で知っていた私は、その子にしか頼れず、勇気を持って連絡すると、相手はさらっと助けてくれた。

その後も、美容室や図書館など場所を聞いたら、頼んでもいないのに一緒に歩いて連れてまで行ってくれる彼の男らしさに瞬く間に惹かれた。

淡々と、さも当然のように振る舞い、恩着せがましくない彼。 
彼との出来事は今でも鮮明に覚えていて、どれだけでも話せる。
……でも彼には彼女がいた。高校の時かららしい。
大学の友人、バイト先のマスター、常連さん、男女も年齢もばらばらな、色んな人に相談した。「奪っちゃえ」と言う人もいたが、私の胸に刺さったのは、「本当に好きなら、彼と彼女が幸せそうだったら、その幸せを願う」。

それから、誰にでも愛想を振りまく私は、彼にだけ平然と接し、他の人より距離を保った。
彼にだけ触れられたら、彼にだけ笑ってもらえたらそれでよかったのに。でもこれでいい、自分の気持ちがこれ以上昂らないように、期待しないように。押さえつければきっと薄れる、ピンクの色の水に透明の水を入れ続けると薄れるように……。

彼のことが諦められないでいたとき、授業で出された課題が印象的で…

私はつくづく弱い。覚悟を決めたのに、彼の何気ないたった一言に浮かれ、何気ない行動に胸が鳴る。
諦めよう、そう思うほど意識して。最初は強いと思うだけだった彼の匂いが、絶対似合わないと思って避けていた色が、聞いたことのなかった歌が、いつしか私の好きなものになった。

彼が好きだから、彼の好きな物も私の好きな物になっていった。

新しい手帳に大学2年の後期の授業予定を書き込む今。香水の蓋をずっと開けないで押し入れにしまい込んだら、匂いは薄れた。
先日、夏休み期間の集中授業最終日だった。そこでこんな課題が出された。
「6枚のカードに家族、友人、お金、環境、好きな人、自分の体と書きなさい。隣の人とジャンケンをして、負けたら3秒以内に手持ちのカードの1枚を破りなさい」

最後の最後になんて酷な。そう思いながら破った1枚目は「自分の体」。負けて2枚目、破ったカードは「好きな人」。
「どんなに辛くても片想いし続ける」。そう友人に言い続けてきた。だけど私はそのカードを破いた。

「好きな人」のカードを破った私がした、精一杯の二つの言い訳

私の言い訳。
「だって彼は好きになったらいけない人で、私の思いを伝えたらダメな人で、彼の幸せを願っているから、私が我慢しなきゃで、もう蓋をしすぎて蓋をするのに慣れちゃって、蓋が開かなくなったし、私の中心の鐘も錆びて鳴らなくなったんだもん」

私の言い訳。
「なんて言わないと、彼の恋を100%応援するいい子になれないじゃん。いつも達磨さんが転んだをしている流れ星が動いた輝きを忘れられずにいる。普段呼ばない私の名前をぽろっと呼んだ彼の、どんな音楽より残る響きをずっと覚えている。そんな後ろ髪を引かれまくっているかっこ悪い私がみんなにバレちゃうじゃん」

一つ目の言い訳は、好きでい続けると宣言した友人に。カードを破ってしまったことへ。
二つ目の言い訳は、自分に。一つ目の言い訳で嘘をついてしまったことへ。

手帳を閉じる。香水の匂いは……。