生まれて初めて自分の香水を持ったのは、6歳の頃。
大きくなったら細いヒールのパンプスを履きこなす、可愛いお洋服を着た大人の女になる。
私はませた子どもだった。早く大人の女になりたくて、早くお化粧がしたくて、クマやいちごのパンツよりも、サテンやフリル、レースで作られたランジェリーを付けたかった。

私の身体がもっとおとなみたいだったら。憧れはセーラー戦士

母のパンプスに数え切れない程足を通した。
パンプスはいつも、カポカポと間抜けな音を出して一歩踏み出すよりも前にちっぽけな足から滑り落ちて転がった。
私の足がもっと大きくなったら、私の身体がもっとおとなみたいだったらな。

大人への憧れが強い少女だったのは、当時夢中になって観ていたセーラームーンのアニメが影響していたと思う。
私の年代は、明日のナージャやおジャ魔女どれみなど、比較的自分の年齢に近い少女が主人公のアニメが多かった。
そんな中、何故私がセーラームーンを見ていたのかと言うと、セーラームーン再放送世代の末裔であるから。
大人になった今、セーラームーンを見返すとセーラー戦士は皆、中学生の身体とは思えない程のプロポーションを持っている。疑問も不満もない、それはごく普通のこと。
何故なら彼女達はセーラー戦士だから。

母がくれた香水に稲妻が落ちたような衝撃が走り、高揚感に眩暈がした

そんな大人の女に強い憧れをもつ私は、母がお化粧をする時は必ず隣に立って見つめ、ショッピングには必ずついて行った。
お風呂上がりに、パールの入ったボディパウダーを叩いて欲しいとねだった。
大人の女になりたがる小さな子どもの娘に、母は小さなアトマイザーをくれた。
アトマイザーの中には、今まで母からは香ったことのない匂いの香水が入っていた。
生まれて初めて持つ私だけの香水に、稲妻が落ちたような衝撃と、えも言われぬ高揚感。
眩暈がした。
嬉しくて嬉しくて、一晩中、どんな場面でこの香りを纏おうか妄想に耽った。
この香水と共に生きるこれから先の未来が、あまりにも明るくて眠れなかった。

香水をつける時、私はおとなの女としての自信が爪先まで溢れていた。周りのどんな女の子よりも自分がおとなで、色っぽい女の子だと信じてやまなかった。
そうして毎日を過ごしているうちに、空になったアトマイザーを母に渡しておかわりを繰り返すと、香水はなくなった。
香水がなくなって、香水のない日常に慣れてからは、魔法が解けたみたいに大人への憧れが小さく萎んでいった。
流行りのゲームに夢中になり、流行りの漫画に夢中になり、やらなきゃいけない勉強と、考えるべき進路と、恋愛に夢中になった。

可愛くて、なまいきで、なんにも知らないあの匂いにもう一度会いたい

歳を重ねて、幼い頃喉から手が出る程欲しかった憧れを自分の力で全て手に入れられるようになったけれど、香水を貰った時程の高揚感を味わうことはなかった。
大学生になったくらいの年、香水の存在を思い出して母に何の香水だったのかを聞いたけれど、母ももう覚えていなかった。
もう一度会いたくて、百貨店や香水屋を訪ねてみたけれど、再び会えることはなかった。
可愛くて、なまいきで、世の中のことをちっともよく分かっていない匂い。絶望も挫折も現実も、なんにも知らない匂い。