タバコは嫌い。煙を吸うと咳が止まらなくなった時期があった。それは10代の頃。この世で最も私が縁を切りたいと思う相手が、タバコを吸っていた。子どもの時の私は、よく受動喫煙にあっていた。
しかし20代になり、タバコがある時、忘れられない存在になる。私にとって、先輩のタバコと消臭芳香剤の混ざった香りは忘れられない匂いだ。
「いい香り」。タバコと消臭芳香剤の混ざった、先輩の香り
タバコのあの独特なヤニ臭さは苦手だ。近くに喫煙している人がいると自然と離れてしまう。吸っている人が嫌いな訳ではない。タバコが嫌いなのだ。
でも、タバコと消臭芳香剤の混ざった何とも言えない香りは、特別苦手ではなかった。そう思えたのは、きっと先輩が放つ匂いだったからだ。きっとそう。
タバコと芳香剤、1対1程であろうか。はっきりとした数値はわからない。しかし、その香りが5年も忘れられない。あの時、吸ってるタバコの銘柄を聞いておけばよかったと後悔している。
先輩はバイト先の人だった。今はそのバイト先にお互い勤めていない。休憩時、必ず先輩はタバコを吸いに行った。そして帰ってくる前、必ず消臭芳香剤を吹きかけてくる。
先輩が通る度にその香りが漂う。タバコの嫌な臭いと消臭芳香剤のいい香りが混ざった、絶妙な香り。ヤニっぽいのにどこかフローラルちっくな感じ。香りがする度、先輩を見ていたような気がする。
「いい香り」。思わず先輩が休憩から帰ってきた時に言ってしまったことがある。なんとも恥ずかしくなるようなセリフだったが、サラッと言ってしまった。
「先輩、元気にしているかな?」5年ぶりに鼻が反応した
月日は経ち、1年ほど前、バイトの帰り道に鼻の記憶が反応した。近くを横切った女性からする懐かしい香り。私は覚えている。5年前先輩が吸っていたタバコと全く同じ香りだと。芳香剤の香りはしなかったが、タバコの香りだけで惹きつけられた。
思わず、その女性の背中を見つめてしまった。無論、5年前に私が会っていた先輩ではない。住んでいる地域が離れている。この場にいるはずないのに、どこか見てしまった。
「先輩、元気にしているかな?」思わず考える私。鼻が思わず覚えてしまっている懐かしい香り。横切った女性は先輩と同じ消臭芳香剤をつけていなかったので、全く同じ香りではなかったが、懐かしかった。
銘柄を聞いておけばよかった。そう思ったのは、今のバイト先の先輩がタバコを吸っているからだ。休憩終わりに、ミント系のガムとタバコの混ざった香りがすることがある。それで5年前を思い出した。
香りを忘れても、先輩と過ごした時間は忘れられない
私は、今のバイト先の先輩に吸っているタバコの銘柄を聞いた。箱を見せてくれたので、目に焼き付けた。先輩にプレゼントしたい訳ではない。しかし、5年前のことを思い出して思わずタバコの銘柄を聞いてしまった。5年前の先輩とは違う銘柄を吸っていた。その時の先輩と同じ香りはしない。
5年前、私が「いい香り」と思わず口に出した香りはどのような香りだったか。言葉で説明することは難しい。また同じタバコを吸っている人に出会ったら、思い出すことはできるだろうか。
日が経つに連れ、思い出せなくなってしまう気がする。何となく切ない気持ちはあるが、先輩と過ごした時間は忘れられない。香りを忘れても、思い出は残っていくのだ。