「誰が書いたの、これ」
信じられない、という声色の呟きが耳に届いて、あ、いま私の口からこぼれたのか、と気づく。
大片付けを進める実家の自室。いつの間にか日が西に傾いて、午前中から電気を点けず作業をしていたせいで部屋が薄暗くなっている。
意図せず顔を上げて独り言が口をつくほど、私は驚いていた。
こんなの、本当に私が書いたのか。

ちょうど床に座って、衣装ケースにたっぷり入った小学生時代もらった手紙に目を通していた時だった。
思い切って全て捨てるつもりで、最後に、と少し手に取って読み始めた、几帳面に折られたルーズリーフの山。
授業中に回していたであろう絵しりとりや、隣のクラスのあの子が告白されたらしいという可愛い日常のやり取りが沢山残っていて、つい頬が緩む。
やっぱりこれは捨てちゃおう。
今も仲が続く友達の、恥ずかしい過去を覗いたような気持ちになってこちらまで照れていたときに、その手紙は見つかった。

可愛らしい便箋に不釣り合いな文章、辛辣な表現が並ぶ手紙

「すごく残念で、淋しい。正直、ゲンメツした」
可愛らしい便箋にあまりに不釣り合いな最初の一文だった。
怒っていたんだと思う。これも不釣り合いな、ラメの入ったペンの筆圧が強すぎたのか、読点のところに小さく穴が空いていた。
そこからは、一度走り出したら止まらないジェットコースターのごとく、怒りが放出されていく。

手紙を宛てた相手に対していかに期待していたか、それを裏切られてどれほど傷ついたか、
そんな仕打ちをしてくるなんてきっとろくな将来を過ごさない、後悔するに決まっている……。

読んでいるこちらも体力を使うような手紙。辛辣で、ストレートにぶつける以外に怒りを伝える手段を知らない年頃の文章。
でも、その年齢なりに、どう言えば相手を傷つけられるのか考えたのかもしれないとも受け取れた。
それは紛れもなく、私が書いたものだった。

後輩からの一通の手紙、私の引退と共に部活を去った彼女へ抱いた怒り

小学6年生に上がったとき、私は初めて後輩ができた。自分と同じアルトホルンを担当する4年生の女の子。
吹奏楽部に入っていたけれど、その前の年は同じ楽器の希望者がいなかったから、ようやくできた初めての後輩だった。
「すみれセンパイがいるから、ホルンがやりたかったんです」
後から希望理由を教えてもらったときの嬉しさは、すごくよく覚えている。
スプリングコンサート、夏合宿、秋の大会、6年生として過ごす最後の1年間、いつも彼女が横にいた。
そして迎えた部活の引退イベント。最後に彼女から似顔絵と、一通の手紙をもらった。
「お家に帰ってから、読んでほしいです」
そう言われたのが彼女と直接言葉を交わした最後で、正直その後からは、もう当時の記憶は薄い。

もらった手紙は、出てこなかったから捨ててしまったのかもしれない。
それは、私と同じタイミングで部活を辞めてバスケ部に入るという内容だったと思う。
1年間でめきめき上達した彼女は、今思えば何でもそつなくこなせる万能な子で、好奇心旺盛な明るい子だった。
仲の良い私が引退したら、次は体育の授業で褒められたバスケの部活に入りたい。クラスの友達も沢山いる。
別に何も不思議なことはないし、全うで、誠実な考えだった。あえて報告してくれたことに対してお礼こそすれ、その決断に私がとやかく言う資格はないはずだった。
でも、私はすごく衝撃を受けたようだった。そして、怒っていた。

出せなくてよかった後輩への手紙、本当は彼女への期待を伝えたかった

返す予定だったらしい手紙には、「中学校でも吹奏楽部で待っていてほしい、と書かれてあるのかと期待したのに」とも書いてあった。
一緒に過ごしていた時間も、本当はバスケがしたかったのか。もしそうならひどい裏切りだ。楽しそうな私に付き合っていただけなのか。
最後の1年を無駄にした、辞めると知っていたら、きちんと続けてくれる子を他の楽器からスカウトして、色々教えて卒業したかった。
生半可な気持ちで部活をするような人間は、次の部活もそう長く続かない。
手紙の中の私は、あの手この手で、相手を嫌な気持ちにさせようとしていた。

引き止めたかったのかもしれない。自分も引退する部活に彼女を縛り付けようとしていたなんて、今思うとなんて身勝手なのかと思うけれど、手紙の中の私はとにかく必死だった。
それほど小学生の私にとって、部活動は大きなものだった。
けれどこの手紙を渡すことができなくて、本当に良かった。
その手紙を見るまで、一切のことを忘れていた。正確には、彼女との楽しい思い出だけが、記憶に残っていた。
中学3年生のとき、同じ学校に彼女が入学してきたはずだけれど、それも定かでない。

次に会ったら本気で渡そうと思っていたのだと思う。
だからこれは「出せなかった手紙」。でも、出せなくて本当によかった。
自分が完全に忘れてしまうようなことで、相手を傷つけてしまっていたかもしれないと思うと、恐ろしい。
あの一年間は確かに楽しかったのに、それを台無しにしてしまうところだった。

彼女がもしこれを読んでいたら、伝えたい。
あの時後輩になってくれて、ありがとう。嬉しかった。