「宿題見せてー!」
私より30センチ以上も身長のある彼が、私の席の前にかがみ、両手を机について、上目遣いでお願いしてくる。
彼との会話を長引かせたくて、最後は見せる宿題をもったいぶっていた
高校時代、私にはずっと好きだった同級生の男子がいた。正直、特に顔がかっこいいわけでも、モテるわけでもなかったが、運動神経抜群で背が高かった。彼とは対照的に背が低い私は、いつも背が低いことを彼からいじられていた。
いじられる度に憎まれ口を叩きながらも、普段あまり女子と話さない彼が、どんな理由であれ、私には自分から話しかけてくれることが嬉しくて、気が付いたら好きになっていた。
高校2年生になり、私は彼と同じクラスになった。部活ばかりに明け暮れていた彼は、勉強はそこまで熱心ではなく、よく宿題を写させて欲しいと私に頼んできた。
彼との会話を長引かせたくて、すぐにでも差し出したい気持ちを抑えて、いつも「またやってこなかったのー?今日は見せない!」などと、最後は絶対に見せる宿題をもったいぶってじゃれ合っていた。
そんな私たちを見て、他のクラスメイトから「仲いいねー」「またやってるよ」などとからかわれることすらも、少しくすぐったく嬉しく思っていた。
そもそも彼から宿題の写しを頼まれることを見越して、本来の提出期限よりちょっと早めに宿題を終わらせておくのが当時の私のルーティンだった。
また、貸したノートを彼から返される時、度々言われる「字が綺麗で読みやすい」の一言は本当に質が悪く、悔しいくらいに私のノートを綺麗にとるモチベーションを上げていた。
長期休みの間、彼にメールを送るのは恥ずかしかったから年賀状を書いた
当時のクラスは、休み時間にクラス全員で鬼ごっこをするほど仲が良く、彼が同じクラスにいたこともあり、私は毎日学校へ行くのが楽しみだった。本来であれば待ち遠しい、夏休みや冬休みなどの長期の休暇も、高校2年生のあの時期に限っては、クラスの友達とも彼とも会えなくなる為、億劫に感じていた。
夏休みは同じクラスで過ごせる時間がまだまだ続くと思い、そこまで寂しさを感じることもなかったが、冬休みになると同じクラスで過ごせる時間が残り少なくなってきていることに寂しさと、彼との関係がなかなか進展しないもどかしさを感じていた。
でも休みの間、用事もなくメールを送るのは恥ずかしかったし、2人の関係を進めるべくデートに誘う勇気もなかった。
当時の私が唯一思いついた作戦が、クラスのみんなに年賀状を出す流れで彼にも年賀状を送るということだった。気付かれることもない、自己満足的な彼へのアピールとして、彼宛の年賀状だけピンクを基調にしたかわいいデザインに変えた。
他のクラスメイト宛の年賀状には、年明けに遊ぶ約束や、来年も仲良くして欲しいといった親愛の文章がどんどん書けるのに、最後に残した彼宛の年賀状だけ全く筆が進まなかった。
伝えたいことは誰よりもあるはずなのに、どのセリフを書いても自分の好意が必要以上に伝わってしまうのではないかと不安になり、なかなか何も書くことができなかった。
やっと書けた年賀状は、当たり障りのない新年の挨拶と「元気にしてる?」の一言だった。結局それしか書けなかったことが逆に恥ずかしくなって、結局その年賀状を彼に出すことはなかった。
30歳を前に断捨離をしたとき、彼に「出せなかった年賀状」が出てきた
先日、30歳を前に断捨離をしようと、取っておいた学生時代の思い出の品々をひっくり返して開けてみた。10年以上も前に恋焦がれた彼に、出せないままになっていたあの年賀状が出てきた。その年の西暦と干支が大きく印刷されたピンクの年賀状は、出されるチャンスを逃した後ずっと私の部屋で眠っていた。
彼とは、大学卒業の時に高校時代の友人達と同窓会をして以来会っていない。もう彼への気持ちはないけれど、今でも彼の名前を人づてに聞くと、当時の気持ちを思い出して少し胸がきゅっとなる。
卒業アルバムや当時の友人からの寄せ書き、学校行事の都度みんなと撮った思い出の写真達を眺めながら、きっとまた出すことのない彼への手紙のありきたいな書き出しが頭に浮かぶ。
「久しぶり、元気にしてますか?」