大学3年生の冬。もうすぐ付き合って2年目になる人と、関係が終わりそうだった。
会っても会話が弾まない。笑い合う回数が減った。将来の話をすれば、この土地を出ると宣言していた私に、自分はこの土地に残るからと返す様になった。
これはいわゆる倦怠期だな。刺激が足りないなら小さなサプライズをしよう。
そうすれば、戻れると思っていた。
手間をかけてつくったロールキャベツを見た彼はイヤそうな顔で…
プチサプライズにご飯を作ろう!美味しいものなら笑顔になるよね!
普段は食べる機会がないであろう、ザ・地味に手間のかかる手料理の代表とも言えるロールキャベツを作った。
驚かせたいから詳細は告げず、夕方の授業が終わったらすぐに家に来てねとLINEをして。
冷えないように小鍋でグツグツ温めながら待っていると、お疲れと彼が部屋に入ってきた。
「お疲れ様!今日はね、一緒に夕飯を食べようと思って」
そう私が話し始め、彼が部屋の真ん中にあるロールキャベツを見た瞬間、すごくーーーすごく、イヤそうな顔をした。
ズキ、と自分の胸が痛んだのが分かった。
「え、夕飯作ったの?俺、食堂で食べるって決めてたんだけど……。正直困る……」
あれれ、あれ、こんな、こんな反応になるって、私たち、ああもう、私たちは、戻れないのかもしれない。ふいに、予感がした。
他人から見れば些細かもしれないけれど、これまでの私たちのやりとり上、こんなどストレートな感情表現はあり得なかった。それに、食堂なんて何年も通っていて同じメニューなんだから、今日ぐらい一緒に食べる展開になるのでは。
食堂で食べるんじゃ…?出かけた彼と、残されたロールキャベツ
まあ両方食べるわ、と申し訳程度に食べられ始めたロールキャベツ。心は苦しいけれど、結局食べてくれてるんだもの、と気を持ち直した時、さらに追い討ちをかけたのは、ピロリン♪というLINEの通知音。
「あ~ごめん。同期たちでさ、今から飲まないかって。このメンバー揃うのも珍しいし、行って良い?」
いいよ、滅多にない機会なんでしょと笑顔で送り出す私を置いて、相手は出て行った。
そう、私たちはこういう感情表現をする関係だった。良くも悪くも相手の気持ちを優先して。
私たちだって、毎日会うわけじゃないよね、なんて私よがりになるのはいけないのかな、ってか夕飯は食堂じゃなくて良かったの、なんで私の夕飯にはあんな反応したの、もうなんでよりによってこのタイミングなの……。
ポロポロと涙が溢れ出して、目の前にある霞んだロールキャベツをぼうっと見つめた。
まだ使っていない私の箸に手を伸ばし、少し冷めたロールキャベツをつまみあげ、パクリパク、パク、バクリバクリと途中から無我夢中で食べた。目の前から消えて欲しかった。
大事だと思っていた人のために作ったご飯は、今置いていかれた私を見ているようで。苦々しい心とは裏腹に、噛めばじゅわっと広がる肉汁。キャベツの柔らかくも噛むほど感じる甘み。
美味しいのに、こんな手の込んだ料理、自分のために作れないよ。ねえもう終わりでいいよね、わたし、たち。
お腹だけが満たされた夜だった。
いつか、ロールキャベツを美味しいと笑える家庭を築けますように
それからその人とは何回か会ったけれど、あまり記憶がない。ただ覚えているのは、前を歩く相手の背中が冷たくて遠くて他人みたいだと感じたことだけだ。
そして最後は、向こうから別れを告げられた。やっぱり戻れなかったんだとぼんやり思った。この灰色みたいな期間を経て、そもそも私の中ではあの夕飯から終わっていたんだと気付いた。もう、あまり悲しくはならなかった。
それからの今、私の隣にいるのは私を選んでくれる人だ。休日も友人より私に都合を合わせてくれる。口でも行動でも彼女ファーストを示してくれる。この人とももうすぐ2年目。
もちろん、選んでくれないことは悪ではない。彼女一筋が正しいわけではない。そもそも、ちゃんと本音を言い合える関係でなかったことが以前の人との問題でもあるだろう。
それでも、共に幸せになれるのは、まっすぐに私を選んでくれる彼とのこれからだと、信じている。
大丈夫。今、前を歩く背中を抱きしめたいと思えている。そしてこの人と、ロールキャベツを美味しいと言いながら、笑い合える家庭が築けますように。