カチカチカチ……時計の秒針が12時を指す頃、ピンポーンとインターホンがなった。
はーい、と返事をして配達員から品物を受け取る。
最近娘が産まれ、コロナ禍も相まって、店舗ではなく家で宅配を頼むようになった。そんな中でもよく注文するのが、吉野家の牛丼である。ほかほかごはんに、よく煮込まれた玉ねぎと牛肉が乗りふわりと香る匂いが食欲を唆る。
ちなみに私は通常量では満足できず、上の具が多めの「アタマの大盛り」をよく食べる。割り箸をパキッと割って、はふはふとかき込んで食べるのが私流。周りの目がない分、大きく口を開けて食べられるというものだ。牛肉の旨みと玉ねぎの甘味が合わさり、安心する。

好きな人と食べる初めての吉野家。一口食べると世界が広がった

そんな私の日常のスタンダード飯になっている吉野家の牛丼だが、食べると思い出すことがある。

初めて食べたのは大学生の頃、初めてできた年下の彼に連れられて深夜営業している店内に入った。当時の私は牛丼チェーン店に対してイカつい男性が利用しているイメージが強くなかなか利用する気になれなかったのだ。彼に勧められ、一口食べると世界が広がった気がした。ファストフードとはまた違って重さがないのが良い。夜でも罪悪感なく食べられたことを覚えている。

好きな人が好きだと思うものを無意識に私も好きになっていた。その頃はまだ一人では利用できないが、彼と一緒なら利用して、何気ない会話をしながら食事を楽しんだ。
それからしばらく経ち、彼とは遠距離恋愛になった。お互いの県を行き来してはおなじみの吉野家の牛丼にお世話になる。

私達にとって吉野家の牛丼は、なくてはならないものになった。
それから、彼が私の住む県の大学を目指し始め、
ああ、一緒にこれからもいられるのだな。と、彼との将来を感じていた。

一人で牛丼を勢いよく口に入れると、失恋し疲れた心に沁みる

私は就活の真っただ中、着なれないリクルートスーツに身を包み、様々な企業の説明会や面接を受けた。孤独な就職活動で彼との日々はとても私の支えとなった。
月日が経ち、私は新社会人。彼は新大学生に。
仕事が忙しく、彼とはなかなか直接会えない日々が続いた
ある日、彼から"告白をされた"と連絡があった。彼は私が知らない間に仲良くなった女性がいたらしい。詳しくは記述しないが、結局彼と直接会うことなく、私から彼とサヨナラをした。

別れてもずっと好きで、好きで、たまらず、本当は別れたくなかった。でも、しょうがない、そのまま戻っても同じことになる気がして、そんな風になったら自分が可哀想じゃないか。そう、無理矢理にでも自分に言い聞かせて気持ちに踏ん切りをつけようとした。
その後別れたことを心配してくれた友人と会うことになり、待ち合わせまで時間があったのでふと目に入った吉野家に初めて1人で入った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
と聞かれて、牛丼の並で、と答える。
周りには男性客が多い。
少し肩身が狭いと思いつつも、席に座った。
すぐに牛丼がきて、箸をとって勢いよく口に入れた。
美味しい。疲れた心に沁みる。

今は旦那と一緒に牛丼を食べ、それを不思議そうに見つめる娘がいる

店内のBGMがなんだか、私ドラマの悲劇のヒロインか??と思うくらいリンクしていて、さらに牛丼のあったかくて美味しいご飯が私のガラスのハートに突き刺さる。どういう心情かは自分でもわからなかったが、泣けてきて、泣けてきてしょうがなかった。
完食してしまうと、ああ 精神やられても人間お腹は空くものだなとしみじみしてしまったものである。

彼とサヨナラしてからは、仕事に邁進、さらには見てろよとムキになり、婚活を始めた。
目指せ、オリンピックまでには結婚!!!
今思うとご縁とは不思議なもので、旦那とはそう息巻いていた頃に知り合いトントン拍子に事が進んで結婚をしていた。一応、言わせていただきたいのだが、別に誰でも良かったわけではない。
そんな旦那と今は向かい合って吉野家の牛丼を食べ、それを不思議そうにまじまじと見つめる娘がいる。
「もう少し大きくなったら、一緒に食べようね」
私の日常には、吉野家の牛丼はなくてはならないものだ。