私は予約しておいてもらった旅館の客室で、ずっと彼の帰りを待っていた。15時頃から露天風呂に入った以外何もせず、ご飯も食べずに待っていたけれど、結局彼は深夜1時過ぎまで帰ってこなかった。
ようやく部屋に戻ってきた彼は泣いていた。

これはそんな彼が泣き止んだ後、一緒に食べに行ったラーメンとチャーシュー丼が、世にも美味しかったお話である。

酔って私に泣きつく彼は「君にしかこんなことを話せない」と言った

どうやら彼はその日、職場で散々理不尽な目に遭った上に、上司の誕生日ということもあって、仕事終わりに散々飲めないお酒を飲まされたらしい。
彼は酔って私に泣きつきながら、「君が本当に好きなんだ」という話と「仕事辞めたい」という話を交互に何度も繰り返した。

精神を病んで前の職を辞めてしまった私は、彼が本当に駄目になるくらいなら、ぜひ仕事を辞めてほしいと思っている。でも、仕事を辞めた彼を養うことは、今の私にはできそうもない。

だから無闇に、「つらいならお仕事辞めよう、辞めて休んでからその次のことを考えよう」などとは到底言えず、その無力さに私まで泣きそうになりながら、彼の話をじっくり聞いて、「頑張ったね」「えらいね」などという言葉をかけるしかできなかった。

それでも彼は、「君にしかそんなことを話せないから聞いてもらえて嬉しい」
と言って笑ってくれたので、少しは役に立てたのだと思いたい。

泣き止んでお腹がすいたという彼に連れられて、私たちは夜明け前の街にラーメンを食べるべく繰り出した。ラーメンを食べるにしてはすごい時間だな、と思ったけれど、彼に言わせれば「残業後のこの時間に食べるここのラーメンは絶品」とのことだったから、私もとても楽しみになった。
何せ朝から何も食べていないのだ。楽しみでないわけがない。

「こんな美味しい料理が…」と感嘆した、午前3時過ぎのラーメン

午前3時半過ぎに入ったそのお店で私たちは、彼おすすめの味噌ラーメンとチャーシュー丼をシェアして食べた。2品とも、この世の食べ物の中に、こんな美味しい料理があったのかと感嘆するほど美味しかった。

味噌ラーメンにバターと味玉と甘いコーンを入れること、そしてチャーシューを乗せたご飯にマヨネーズを掛けて丼にすることという、たいへんナイスでクールな発案をした店主さん一家には、どうか末代まで幸せであってほしい。

そんな馥郁たる食べ物を彼と食べられたことは本当に幸せだと思うし、何より、彼が
「久しぶりに誰かと一緒に食べ物を食べて笑った気がする。いつもは一人で食べるか周りに気を遣いながらしか食べていないから」と心から楽しそうに言ってくれたことが嬉しかった。いつも苦しい彼が、私といることで少しでも楽になってくれているなら、これ以上の喜びはないだろう。

私たちは大丈夫だ。心が疲れたら、また2人で美味しいものを食べよう

そして私も、久しぶりに心から「美味しい、楽しい」と笑いながら、食べ物を胃に入れられたと思う。彼とは理由が違えど普段食べることを楽しめない私が、彼のおかげで心から美味しく楽しく料理を味わえた。好きな人と過ごす時間は、空腹にも勝る最上のスパイスだと思う。

体型を崩すのが怖くて食べるのが怖い私だけれど、「美味しそうに沢山食べている君が好き」と言ってくれる彼と一緒なら、その恐怖にも打ち克てるような、そんな気がする。

これからも、食べることを楽しもう。
ラーメンとチャーシュー丼を美味しく完食した後、そんな希望を胸に抱いて、私たちは夜明けの迫る街へ一歩踏み出した。

「大丈夫」
彼が晴れやかな笑顔で私に言った。高層ビルの間から、紅の朝日が昇ってきた。

「大丈夫」
と私も言った。本当に大丈夫だと思ったから。

私たちは大丈夫だ。これからも頑張れるときに頑張れるだけ頑張って、たまに心が疲れてきたら、未明にラーメンとチャーシュー丼を食べたり、その他色々な美味しいものを食べて大丈夫になり続けるのだ。