なんでも加減というものは大切で、シンプルなものほどそうだろう。高校生の頃アルバイトをしていたが、そこでのまかないが好きだった。いや、好きだったのは店長のことかもしれない。
私の色眼鏡に失敗は映らない。バイト先の店長を独り占めしたかった
働くことが好きだった私は時間が許す限りバイトに明け暮れていて、店で出されるまかないはほとんど食べてしまった。カレーライスにトッピングをしたり、色々なアレンジもした。一番美味しかったのはハヤシライスにミートソースを混ぜるのだ。
あの甘酸っぱさは疲れたときにはなんとも良かった。おいしい組み合わせを見つけるたびに店長に報告した。店長はまた変な組み合わせをしてんのかと、いつも笑って聞いてくれていた。時には普段は食べられないメニューを期限が切れたのをいいことに食べさせてくれた。
店長は愛情深い。アルバイトの誰に対しても優しかった。本人のことはもちろん、家族や友達のことも気にかけるような人だった。できないことを無理にさせることもなく、適材適所で人を動かし、たくさん褒めてくれる人だった。
そして店長は完璧だった。失敗がないのだ。していたかもしれないが、私の色眼鏡には映っていなかった。
いつしか愛情を独り占めしたくなっていた。私の前だけでは失敗もしてほしかった。
心に秘めた思いは日に日に大きくなるばかりで高校生であった私の心が破れるんじゃないかとも思うほどだった。
おかゆがすきな私は、店長に「おかゆを作ってほしい」と頼むと…
私はおかゆが好きだった。たまに無性に食べたくなることがある。とろっとしていてご飯の甘さを無駄に時間をかけて味わうのが好きなのだ。
ある日のまかないの時間、私は店長におかゆを作って欲しいとお願いした。体調を心配されたが、そうではない。優しい店長が作ったおかゆを食べてみたくなった。
わざわざ一人分を作ってくれて、ニヤニヤしながら器を受け取ったのを覚えている。
キッチンのすぐ横にある休憩スペースでひとくち食べてみた。いや、スプーンで口に運び、そのまま出してしまった。きっとその時の顔はなんとも言えず、頭の上にははてなマークが並んでいたと思う。
私の知っているおかゆではなかった。何かの間違いかもしれない、もう一度スプーンを口に運ぶがやはりそのまま出してしまった。
スプーンからおかゆをおろすことができなかった、いや、おろさないほうがいいと判断してしまったのだと思う。だが、大好きな店長が作ったおかゆである。
食べないなんてもったいない。意を決しておかゆを味わうが、飲み込めない。飲み込むのにも決心がいる。こんなおかゆは後にも先にもこれだけだろうと思った。
忘れられないおかゆの味。完璧な店長の失敗を体験してしまった日
それよりも店長の失敗を身を以て体験していることに気が付き、おかゆのまずさも相まって笑いが止まらなくなってしまった。
店長に聞く。おかゆの味付けはなんですか、と。もちろん塩だと店長は答えたが、おかゆを味見させると同じく笑いが止まらなくなってしまった。
塩だと思っていたのはうま味調味料だったようで、たまたま入れ物の位置が入れ替わっていたらしい。しかも味をちょっと濃い目がいいなんて言ったもんだから大変な量入っていた。しばらく笑いが止まらず他の人達からは変な目で見られていたが、あのおかゆは一生忘れられない味となった。