父は、話し合いが出来ない人だ。
家庭で問題が起こると、話に勝敗をつけることを目的にしてしまう。意見を聞き入れず、相手を煽り、大きな怒鳴り声と時には手を上げて自分の正当性を主張する。
私は、自分が当事者の時もそうでない時も、怒号が響き、家中に緊迫した空気が流れるあの瞬間が大嫌いだった。
歳の近い兄とは、父のその姿を反面教師にしようと話をしたことがあったが、結果的に兄は父の生き写しになった。
私はここ数年で、銀座での水商売を経たことで口が回るようになり、化け物達の仲裁に入ることが出来るようになった。
「偉ぶるな」や「水商売女の癖に」などと詰られながら、緊迫した空間を殺す仲裁に入る。
母は、いつも陽気に振る舞い父や兄の機嫌を取る。母の陽気さは、なんとかこの家を安寧の場にする努力なのだと思う。
弟はただじっとしている。「早く帰ってきて」と私へ連絡を寄越す時もある。
そんな化け物が二人いる我が家も、問題のほとぼりが冷めると、それなりに仲のいい家族に姿を変える。
家族でキャンプに出かけたり、食卓を囲みながら昔話に花を咲かせることも少なくない。
私は、来年の3月、この家を出る。
家を出ることに対して、寂しさを全く感じないことがなによりも悲しい。
平穏な時間の家族のことは大好きなのに。