私にもおそらく人並みにはクリスマスの思い出がある。それは家族とだったり、友達と過ごしたりといった温かな、楽しいものであった。
大学1年目はそんな風に仲の良い大学の友人と過ごしたクリスマスであったが、大学2~4年目ともなると大学の友人たちはみんな各々の恋人たちと過ごすクリスマスにシフトチェンジしてしまっていた。
私は今も昔も自分の恋愛というものがよくわかっておらず、そのような“恋人と過ごす”行事を私はずっと一歩下がって後ろから見ていた。

中学から大学までの入試が迫るクリスマス時期は、塾も繁忙期に入る

そんな私の大学2~4年の時のクリスマスの過ごし方は、決まってアルバイトであった。私は大学生の間ずっと、個別指導の塾講師のアルバイトをしていた。
私は主に小学生から高校生の授業を担当していたが、子どもたちにとってこの日はクリスマスだというだけではなく冬休みの冬期講習期間。ましてや中学入試から大学入試すべてが差し迫った大変で重要な時期でもあった。
そのためケーキ屋さんや花屋さんだけではなく、塾も言わずと知れたクリスマス時期が繁忙期であるお仕事の一つである。

しかし、このクリスマスの日は、冬期講習の繁忙期ど真ん中といっても混んでいるのはお昼から夕方の間くらい。受験生ではない塾生や恋人・友人と約束のある大学生の塾講師たちはみんなこの時間帯で帰ってしまう。
この頃はまだコロナ禍ではないとはいえ、この時期の敵はやはりウイルスである。特にこの頃に要注意であったのはインフルエンザウイルスだ。なのでなるべくなら混んでいる時間を避けて、静かな環境で勉強をしたいという生徒と私の意見はたびたび合致した。そんな人のための夕方から夜の時間帯であった。
この時間帯は私と数人の塾講師、数人の塾生、そして塾長と副長だけという穏やかな時間であったことを覚えている。忙しい時間だとやはり自分も周囲の先生方もみんなバタバタしてしまう。そのためどうしても生徒一人一人と落ち着いてお話する時間も設けられないような気がしていた。

私がクリスマスの時期に、好んで塾講師のアルバイトをした理由

その分、この穏やかな時間では生徒と交わすちょっとした会話も穏やかになる。生徒たちとは、塾終わりに夜遅くなるけどケーキを食べるんだといった話や、塾の宿題中心で学校の宿題を忘れていたという話、センター試験まであとほんの少ししか時間がないという焦りの気持ち等々、様々な話を聞かせてくれた。
私が大学4年間+大学院生活2年間の塾講師のアルバイトを続けてこれたのは、クリスマスに限らず、この穏やかな会話の時間があったからだろうと思う。生徒と会話をするこの時間は優しい気持ちになれる、そのためにも落ち着いて時間を割くことができる私の大好きな時間であった。

私がクリスマスのこの時期に好んで塾講師のアルバイトをやっていたことにはまだ他の理由もある。それは、毎年必ず塾長がクリスマスの夜遅くまで働いてくれていた塾講師たちに、ケーキとジュースをプレゼントしてくれていたということだ。
すべての授業を終え、就業のミーティングと掃除、明日のカリキュラムチェックを終えた後の小さなご褒美である。塾長は講師のために数種類のケーキを何ピースか、近くの百貨店で買ってきてくれた。チョコレートやショートケーキ、チーズケーキ、どれもクリスマス仕様ではない普通のケーキであったけれど、この日のこの時間に塾講師仲間と食べるケーキはとても特別で、美味しかった。
塾長が今はまっているお家でのローストビーフ作りについて話していたことはとても印象的な思い出である。

どんなクリスマスでも、その時の私特有の好い一日となればいい

クリスマスと言えどこの日は祝日ではなく普通の平日、しかも時給も特別高くはない日だ。しかしこの日は自分が仲の良い塾講師の先生方と仲良くクリスマスケーキを食べ、満足に帰っていく、そんな時間が大好きで年1回の楽しみでもあった。
冬期講習期間でのアルバイトでたくさん働いた分のお給料を何に使おうか、年末の大学寮での仲の良いメンバーでどんな忘年会兼クリスマスパーティーをしようか、お正月の帰省時には両親にどんなお土産を買っていこうか、そんな楽しいことを考えながら、クリスマスとはまったく関係のない音楽を聴きながら帰る。そんなクリスマスであった。

この先、こんな私にも友人・両親とはまた違う大切な人と過ごすクリスマスがあるかもしれない。だったらこんな学生特有のクリスマスの過ごし方もあって良いのではないか。今年も変わらず“恋人と過ごす”予定のないクリスマスを過ごすであろう私はこう思う。
思うことはその年だけ、その時の私特有の好い一日となればいい。それだけだ。