旅、とは、冒険だ。
わたしは幼い頃からファンタジー小説が好きで、世界中を大冒険するのが夢だった。干し肉と水の入った革袋を手に深い森や広大な砂漠を抜け、見たこともないような絶景をこの目に焼きつける。そんな、毎日がワクワクするような大人になることを望んでいた。

“普通”が理想だったわたしに、唐突に不安が舞い降りた

しかし、人生はそんなに簡単なものではない。進学していくにつれて、学歴を求められ、家柄や世間体に押し込められ、「世界中を大冒険する」というビジョンは、どんどん薄れていった。いつの間にか、小さい社会の中で妥協してしまっていた。
未知の世界へ冒険するより、“普通”の世界でいた方が安全だと、打算的に考えたのだ。

しかし、大学に進学した時、唐突に不安が舞い降りた。
四年制大学を卒業し、就職し、結婚し、出産する、そんな“普通”がわたしの理想だったのか、と。若い時にしかできない体験が、もっと世の中にはたくさんあるような気がしたのだ。
一念発起して大学を辞めたわたしは、まず初めに、自動車学校の合宿免許場に行くことにした。合宿先は、冬の新潟県・糸魚川市だ。地元の名古屋から特急しなのに乗り、雪で輝く針葉樹の山を越えて、極寒の地にたどり着いた。

まったく知らない土地で過ごす2週間。わたしにとっての初めての冒険だ。最初はなにかと不安だったが、すぐに仲間ができ、毎晩テーブルを囲んでゲームをするようになった。路上教習で豪雪の道を運転しながら、糸魚川の街を散策するのも新鮮だ。
かくして、わたしの初めての冒険は、最高の結果を残した。

自信がついたわたしは、知らない土地に引っ越し、新しい勉強に挑戦

自信がついたわたしは、一人大阪に引っ越しして、音響の専門学校に入学した。まったく知らない土地で、まったく知らないことを勉強したかったのだ。
わたしは梅田周辺を拠点に、難波や堺、神戸や奈良へと、音響のアルバイトをしに行ったり、遊びに出かけたりした。
大阪・兵庫・奈良・京都は隣接して交通の便もいいので、すぐに県をまたぐことができる。行くさきざきで未曾有の食べ物を食べ、地域の言葉遣いに耳を傾けた。稼いだお金はすぐになくなったが、旅先でしか得られない経験というものを、何よりも大事にした。

専門学校を卒業した後も、その冒険心は冷めなかった。とあるバンドのライブ会場に赴き、バンドのマネージャーにさせてくれと頭を下げたのだ。
専門学校から得た経験を活かすことができ、全国行脚するツアーにも同行できる。こんな理想的な環境は他にない。突然の申し出だったが、意外にも、受け入れてもらえた。
志願した直後、早くも来週の遠征について来られるかと打診された。行き先は渋谷だ。急な展開だったが、もちろんついて行くことにした。わたしの冒険はドタバタと歩を進めたのだった。

自分の知らない世界というのは、常に胸を躍らせてくれる

それからわたしは、バンドのマネージャーとして、月に1度は遠征に行った。
日本各地をハイエースで巡る旅だ。宿泊はだいたいインターネットカフェだった。個室のフラット席がオススメだ。シャワー付きが望ましい。近くにインターネットカフェがない場合は、車中泊をしたり、バーでメンバーと一晩中酒を飲むこともあった。
そんなとき、幼い頃に読んだファンタジーの情景を思い描く。テントで寝るシーンや、仲間と酒場で飲み合うシーンだ。
見てくれ、幼いわたしよ、と心の中で鼻息を荒くする。わたしはこんなにワクワクできている、と。

自分の知らない世界というのは、常に胸を躍らせてくれる。安心感よりも、充足感が、旅には肝要だ。わからないことだから面白いし、知りたいと思う。そうして一歩一歩学んだ分、視野が広がる。実際、“普通”でいようとしていたあの頃とは、見える世界が全然違っていたのだ。
世間体にとらわれている自分を解放し、冒険すること。これが旅に求めるものであり、わたしにとって、なくてはならないファクターとなった。