リビングにいるだけで「なんでいるの?」と言われる

私には長いこと居場所がなかった。リビングにいるだけで「なんでいるの?」「誰の許可を得てここにいるの?」と家族の誰かに言われてしまうほど。中学生ごろから私は家にいることが苦痛だった。
それでもまだ実家を出ることは許されず、妹と兼用の部屋にある自分の机へ向かってひたすら書き物や読書をしている。 日中は図書館などで時間がつぶせるが、日が暮れたら家へ帰らなければならない。

大学生になってアルバイトを始めた。まとまったお金が手に入るようになったにもかかわらず、貯金に充てるくらいしか使い道がなかった。何事も両親に従っていて、遊び方もわからない。

学費を出してもらっている以上、不満を言うことはできず、私は黙り込んでいる。それでもずっと、ここではない場所で自由になりたいという気持ちが心にあった。自由になりたいと思う一方で具体的な案は浮かばない。ひとり暮らしは志望校を決める時点から却下されていた。

一人になりたくて、ビジネスホテルへ。悲しくないのに涙がこぼれた

アルバイトに疲弊し、家族の冷たい態度に悩み、課題に追い込まれていた夜更け。
「一人になりたい」と泣きながら最寄り駅にある小さなビジネスホテルを予約した。誰かに涙を見せたり、弱さを知られたりすることが苦手だった。けれどもう、耐えられないと思った。三日後の宿泊日まで踏ん張れ、そう自身へ言い聞かせ、なけなしの気力を奮い立たせた。

祖母に書いてもらった保護者同意書を握りしめ、ホテルへ入った。キーを受け取って指定された部屋に足を踏み入れるまで、ずっと胸がドキドキと鳴っていた。
お風呂に三回も入り、惣菜を割り箸でつまんだ。好きなテレビ番組を見て、少しだけ課題をして、本を読んで、それからベッドに寝転んだ。
これが自由か、と静かにはしゃぎ、時計を見ると二十時で、夜はまだまだ長いと知る。溜め込んでいたものがどっと溢れ出て、穏やかな気持ちになれた。なぜだろう、悲しくないのに涙がこぼれた。

頑張りたくても頑張れないとき、寂しくて不安に押し潰されそうなとき、私はビジネスホテルを予約した。電車に乗って県内のビジネスホテルへ行き、宿泊する。日常とは少し違うあの空間を味わうことで、様々なしがらみから解放されたような気持ちになれるから。

辛いと嘆くだけでは何も変わらない。境遇を恨みたくはない

この小旅行は自分を見失わないように生きるための手段だった。
「なんでいるの?」「誰の許可を得てここにいるの?」「邪魔」と言われて平気でいられる強い人間ではないからこそ、そういった言葉にひとつひとつ反応し、傷つく。そして、同時に考えてしまう。
何のために生きているのだろう、と。
だからといって、辛い時に辛いと嘆くだけでは何も変わらない。境遇を恨みたくはない。少しでも前を向けるきっかけが欲しい。

ホテルを予約する時、ホテルで何をしようかと思い馳せる時、宿泊までの日数を指折り数える時、そのささやかな瞬間が生きる糧だった。大げさかもしれない。そんな風に意気込んでビジネスホテルへ宿泊する人なんて聞いたことがない。

誰からも攻撃されることなく、自分を否定することなく、そんな優しい時間が私にとって救いだった。
私に旅が必要な理由は少々情けない。いつかこんな事情も笑い話にできたらいいなと思う。