2018年、東京。
インターンに通う大学4年の私は、5.5畳の部屋のトイレで毎晩、吐いていた。
きっかけは社長のことばだった。
「お前は可愛くないから、仕事で結果出さないとな」
皆が認めるトップ。
社内のだれもが尊敬する人間。
そんな「権力」の口から堂々と私が否定され、それが周りにも公の事実となった。
権力に認められなければ、ほかの誰にも認められることはない。
権力には、逆らえない。
可愛くないから、結果を出さないといけない。
インターンを始めて数ヶ月、今のところ結果が出ていない。
つまり、私は今の時点ではそこにいる価値がない、ということだ。
社長から放たれた言葉を流すように、欲望のまま食べものを流し込む
同期には、芸能人並みに可愛くて、胸も大きくておしゃれな女の子がいた。
「権力」をはじめ、社内の男性誰もが、重い熱量を持ったまなざしを彼女に向けた。
性欲に満ちた視線。
私には、そんな視線は向けられることはなかった。
なぜか?
私には、美貌がない。
だからこんなことを言われるのだ。
「お前は可愛くないから仕事で結果出さないとな」
就業後。会社を出ると家の近くのスーパーに向かう。
シュークリーム。アイスクリーム。プリン。カステラ。生クリームたっぷりのケーキ。
お菓子の中でもいかにも太りそうなものをつかみ取り片っ端からカゴに放り込む。
震える手でドアノブに鍵を刺しこみ雪崩込むように自分の部屋に入ると、包装を破り、柔らかい甘みにかぶりつく。
食事と言えるようなものではなかった。
化学物質と砂糖の混ぜものを欲望のまま餌のように摂取する動物。醜い生命体。
「人間」ではなく、「ブス」。
心に淀むドロドロとした気持ちを、胃酸と一緒に全て吐き出した
ブスだから価値がない。
だから死ぬ気で働かなくてはいけない。
あのときもブスだから仲間に入れて貰えなかった。
働いて結果を出しても、可愛い子が有能だったら?
勝てる術がない。
そんなことを考えながら生クリームを胃袋で溶かすと、血の中に糖分が過剰に吸収され自然に吐き気が出てくる。そこを見計らって、トイレに向かう。
便器を前に喉に指を突っ込むと、いつも便器の中には、「権力」の顔がある。
「お前は社内の女の中で人気ないよ」
「お前は可愛くないから仕事で結果出さないとな」
私は便器の中の男に問う。
普段は飲み込んでしまう言葉を、ここなら言える。
「可愛くないと価値がないのですか」
「仕事の場で女性の容姿を評価するのはなぜですか」
「みんなの前で言葉にして私に伝える必要はあったのですか」
心のドロドロを、苦くて酸っぱい胃液と一緒に、全部出す。全部。
眼球からは、悲しくて出ているのと生理現象で出ているのが半々くらいの液体がだらりと垂れて便器に落ちる。
「ふざけんな」
「権力」のおかげで私はとんでもなく死にたくなり、そして生きている
それから。
会社はやめた。
「権力」が生理的に無理なんで、と人事に言ってやめた。
女性に対して美人だねとかブスだねとか、そんな会話が起こらない会社に転職した。
この世に存在しないのではと思いこんでいた環境は、意外とふつうに存在していた。
日本のお金が他の国では使えないのと同じように、「権力」が権力を持つのは限られた関係性の中でだけであって、一歩外に出れば、なんでもなかった。
私は存在しないなにかのために、ずっと泣いて吐いて消耗していたのだ。
「権力」。
私はあなたを絶対に許さないが、感謝しなくてはならないことがある。
なぜなら文を綴る私はいま、みちみちた生のエネルギーに溢れているから。
私は傷を反芻し味わうときにだけ、私は平凡な日常から目を覚まし、自分の生きた証を感じることができる。
なにもない私にとって、傷だけが、私のオリジナリティであり、存在証明だから。
とんでもなく死にたかった。
あなたのせいで。
でもね、とんでもなく生きている。
あなたのおかげで。