『もものかんづめ』という本をご存知だろうか。アニメ『ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこさんが、ご自身の経験や家族との思い出を綴った短編エッセイ集である。
笑えるエッセイの金字塔と言われ、老若男女に是非一度読んでいただきたい名作だ。
カッコつけのために買った本も、最初の章からニヤニヤが止まらず…
私がこの本を初めて読んだのは小学校高学年の頃だった。手に取った理由はたぶん、表紙の絵が可愛かったからだったと思う。当時はあの『ちびまる子ちゃん』と同じ作者の本だということも知らなかった。
大人ぶりたい年頃だった私は、本屋さんで字ばっかりの本を買ってカッコつけたかった、という目論見もあった。細かい字ばっかりの本を小難しい顔で読み、「すすんで読書する優等生なワタシ」に酔いしれたい、と。
実際、カッコつけのために難しそうな本を買っては数ページで飽きる、というのが当時の常だった。
しかし、その計画は、開始早々崩れることになった。なぜなら、最初の章からとにかく面白く、始終ニヤニヤしながら一気に読んでしまったからだ。
未だに印象深いのは最初の章「奇跡の水虫治療」で、そのものズバリ、主人公やその家族が水虫治療に翻弄される話だ。思うに、水虫になったことがある方ならば、すごく共感できる内容ではないだろうか。
水虫だとバレたくない主人公の乙女心。藁にもすがる思いであれこれ市販薬を買い漁り、効かなかった時の無力感。「あんたの水虫がうつった」と兄弟に詰め寄られて思う「ざまあみろ」。
特別じゃない出来事も面白く書いて、笑ってくれる人がいれば特別に
小学生の私の率直な感想として、「なんて面白くてくだらない話なんだ」と思った。水虫になったという、ごくありふれた出来事を、こんなに面白く書けるものなのか。水虫になるという他人のちょっとした不幸を、こんなに笑って読ませてもらっていいんだろうか。
「私もこんな文章を書けるようになりたい!」と思った私は、なんとその勢いで処女作を書き上げ、自由作文の宿題として提出した。それが私の初めてのエッセイである。
この先の人生で、私が水虫になったら、きっとこの本のことを思い出す。水虫になって落ち込むより先に、「あ、あの話と同じやつだ」とクスリと笑ってしまうだろう。日常にあるちょっとしたブルーな出来事でも、面白く文章に書くことで、笑って消化できるのかもしれない。
文章に書くのは、何も特別な出来事でなくたっていい。面白く書いて、読む人が笑えば、それは特別になるのだ。
ブルーな気持ちは面白い文章にして軽やかに笑ってしまおう。くだらなければくだらないほど良い。全部笑い飛ばして、楽しさいっぱいで暮らしていきたい。
初めて書いた作文に当時怒った母は、今も保管してくれている
それから私は文章を書くのが大好きになり、書くためには読まなければ成長しないのだと、色々な本に手を伸ばすようになった。そして、さまざまなご縁に導かれて、現在はエッセイの執筆だけでなく、PR文の作成やシナリオライティングなど、仕事として文章を書くこともある。
文字だけの本をカッコつけて買ったあの日、手に取ったのが違う本だったなら、今の私はいなかったかもしれない。
ちなみに私の処女作のタイトルは『母が髪を染めた日』。その名の通り、母が髪を染める様子を事細かに書き綴ったもので、先生からは「宿題を読んでこんなに笑ったのは初めて」とお言葉をいただいた一方、主人公を務めた母は「赤裸々に書きすぎや、恥ずかしい」とプンスカ怒った。
しかし、その日のことは母の特別になってしまったようで、10年経った今でも、作文は大切に保管してくれている。