波風立てずに、問題に巻き込まれないように生きてきたのに

まさか、仕事を辞めるとは思わなかった。
今の部署に配属されてから3年、ずっと辞めたかったのは本音であるが。
新卒で入職してから6年、事勿れ主義で生きてきた。
波風立てずに、静かに、問題に巻き込まれないように。

自分で言うのもおかしな話だが、わりと仕事はできる方で、頼まれた事や言われた事+αでやるタイプ。
多少辛くても、命じられた仕事は黙ってこなすべき、大丈夫そうに振る舞うべき、上司や同僚に話しかけられたら笑顔で冗談のひとつでもかますべき、そう思っていた。
しかし、ある時、そのバランスが崩れはじめた。
コップいっぱいに水を入れてしまったが故に表面張力で耐えているような毎日だった。
とっくに限界を迎えていたんだ、その事実にやっと気が付いた。
このままでは自分が辛いだけでなく、周りにも迷惑をかけてしまう。そう思い、上司に現状報告と相談をしたが、人員不足と目まぐるしい人事異動の波に、一平社員のわたしの要望は儚く消え、改善されることはなかった。
今思えば、事勿れ主義が裏目に出たのだと思う。

止まらない涙にどうしていいか分からず、とりあえず両親に会いに行った

いつもと同じ朝だった。
なのに突然、「おはようございます」と、すれ違った職員にそう挨拶をしただけで心臓がドクっと大きく動いた。次第に手が震え、勝手に涙が出てきた。
コップの水が遂に溢れた瞬間だった。
人に愚痴をこぼす事はあったが、人の頼り方が分からなかった。
どうしていいか分からなかったが、とりあえずこの気持ちを聞いてもらおうと両親に会いに行った。
友人ではなく両親だったのは、この時点で無意識的に本格的な退職を考えていたからなのかもしれない。
母親の顔を見た瞬間、涙が止まらなくなってしまった。両親の前で泣くなんて長いことしていなかったから、両親も自分自身も驚きを隠せなかった。
「あなたが泣くなんてよっぽどなんだね」
こう言われた。
わたしは知らない間に強くて弱い人間になっていたのだ。

翌日、わたしは退職願を提出した。
上司はしつこく引き止めたりはしなかった。
人員不足や引き継ぎの関係で3ヶ月後の月末付で退職が決まった。長いな、と不安が残った。
わたしには若手職員が続々と辞めていく理由がなんとなくわかったし、長く働いている人には分からないんだろうなとも思った。

母に連れられ精神科へ。話した突端にふっと楽になり、お腹が空いた

わたしから見る上司の姿は、辞める理由など関係なく、辞める若手は反逆者。自分の意に反する者は敵。そう思わせるような圧があり、その圧にだんだんと潰されていた。空気をパンパンに含み、膨張し続ける風船を持たされているような気持ちだった。
既に精神的にボロボロだったので、それに耐え得る余裕などなく、仕事に行けない日が続き、毎朝、今日こそは……と思うたびに涙を流し、食欲もなく、夜も眠れなくなっていた。

こういう事は今までにも何度かあった。いつもは誰にも連絡を取らないが、今回はなぜか母に連絡をした。
母は、仕事に行けないわたしの気持ちを認めてくれた。きっと食べていないだろうからと、たくさんの食べ物を買って家に来てくれた。
そして、わたしを精神科のある病院へ連れて行った。

わたしは、病名が付いてしまったらそれこそ立ち直れなくなる、そう思っていた。
でも、それは違った。
ひとしきりわたしの話を聞いた先生は「あなたは何も悪くない、全て上司や職場のせいにしていいんです。今のあなたには休養する時間が必要です」そう言った。
その瞬間、ふっと楽になって、お腹が空いてきた。

人を頼ったわたしは人間らしい生活を取り戻すことができた。
こうするべきと思っていた事が自分を苦しめていた事を知った。
事勿れ主義で強いふりをして、どんどん弱く脆くなっていた事に気付くことができた。きっとわたしはまた社会に出る日が来るだろう。