消えたデータをAちゃんと作り直す眠れない夜。無力を実感する
『データがありません』
ディスプレイに表示される無機質な一文。何度メモリースティックを挿し直しても変わらない。びろんという音が耳障りだ。右下の時刻はもう少しで0時をさす。
「どうかした?」
頭を抱える私にAちゃんが声をかける。
狭いビジネスホテルのクロークには、入学してから2回しか袖を通していない制服。一度目は入学式、二度目は、とある競技の全国大会だ。
「データがないの!」
「明日の?」
頷く私に、彼女の顔が渋くなる。
「急いで作り直すしかないね」
「だよね………」
さあ、眠れない夜の始まりだ。
「お願い、手伝って」
本来は私の作業なのに、申し訳ない。
そう思いながらも、頭を下げれば、彼女は即座にパソコンの電源を入れた。
テキストエディタを起動し、キーボードに指を走らせる。パチパチと、規則的な音が時たま途切れる。何を書いていたっけ。ノートを開いて、記憶を呼び戻す。
私のミミズがはったような文字と、Aちゃんの整然とした文字が踊っている。放課後の図書室で、Aちゃんと話し合ったメモだ。ああでもないこうでもないと、議論を交わした。
Aちゃんの文字は綺麗で、内容がすっと頭に入ってくる。一方、私の文字はといえば……こんなところでも自分の無力さを痛感する。
文書づくりも手伝ってもらった。「足引っ張って、ごめん」
二日間行われる、とある大会。私達は学校代表として、参加していた。
なんで私達が駒を進められたかわからない。否、私が、だ。私の無能さを補ってなお余りあるAちゃんがメンバーにいたから、というのが答えだろう。
その大会の二日目に、私達は皆の前で発表をする必要があった。その文書を作成したのが私だったのだが、そのデータがないのだ。
そして、彼女に頭を下げて手伝ってもらっている、というのが現状だった。ああ、なんてことをしてしまったのだろう。
紙は便利だ。うっかり消去とか、改変が難しいから。なんでクラウドにも保存しておかなかったんだろう。バックアップをとるなんて、基本中の基本のことなのに。ぐるぐる、頭の中ではもしの二文字が踊っている。
「ここ、間違ってる」
頭の中がとっちらかった私とは対照的に、彼女は落ち着いている。慌てふためくよりも、手を動かせ。そう言われている気がした。
パソコンを広げた彼女が、誤った箇所をどんどん修正していく。
私は足を引っ張ってばかりだ。分担した仕事は、彼女のほうがうんと多い。それなのに、僅かな自分の仕事すらも、彼女に手伝ってもらっている。
文書は英語で書く必要があった。それも、かなりかための。文法の間違いは許されない。私が気づかないところを彼女はどんどん修正していく。
ああ、自分。だめだな。
なんとか朝日がのぼる前に作業は終わり、何時間かは眠ることができた。
「足引っ張って、ごめん」
薄っすらとホコリの匂いがする、真っ白なシーツに横になりながら、彼女に向けて言う。そんな人ではないと知っていても、詰られるのが怖かった。
答えはなかった。
チームの足を引っ張った悔恨。Aちゃんに頼る前にすべきだったこと
翌日、うっすらクマが見えたまま、私とAちゃんは引率の先生とともに会場に向かった。なんとか発表を終え、本戦に入る。目まぐるしく一日が過ぎ、結果発表の時間。
当たり前だが、私たちの高校名は呼ばれなかった。
「頑張ったことがなによりも一番だよ」
先生の言葉がこれほど虚しく思えたのも、初めてだ。
私が彼女の足を引っ張ってしまった。チームなのに。協力すべきなのに。
「私の力不足だった」
Aちゃんに言うと、彼女も「私も」と言った。
誰かを切実に頼る前に、そのような状況が生まれないようにしなくてはいけない。
今回だったら、バックアップを取る。文書をプリントアウトする。どちらもさほど時間がかかることではない。なのに、億劫がってやらなかった。
「そんなこと、起きないだろう」。その油断が、このような事態を引き起こした。
もう二度と、こんなことはしないぞ。トランクに、思い出と制服を詰める。そして、第二の私に出会ったとき、今度は私がAちゃんのようになるのだという思いで、トランクの鍵をかけた。