子育てをせず浪費癖がある父と、「お金がない」が口癖の倹約家な母

「お金がない」。これが母の口癖だった。
確かに、実家は決して裕福ではないが、特別貧しいというわけでもなかった。むしろ、父の収入は平均よりかなり上だったと思う。
5人家族で末っ子の私は、習い事を5つもさせてもらい、大学も私立に通わせてもらった。では、なぜ母はいつもお金がない、と嘆いていたのか。

それは、父のお金の使い方に問題があった。
サラリーマン現役時代、子育てもせずに、飲みに歩いた。休日は野球観戦・ゴルフ・競馬。母に最低限の生活費しか渡していなかった。
母は、小さな子どもを3人育てながら、内職やパートに励んだ。自分の趣味や嗜好品はすべて諦め、子どもの教育費に回した。文字通り「お金がなかった」。
そして、父を恨んだ。「お金の使い方を知らない」「無駄遣いばかり」「思いやりがない」。夫婦喧嘩の声で、目覚めることも多かった。母の言うことは、正論ばかりだ。

そんな父もある日、何かの記念日だったのか、母に花を買って帰ってきた。きっと母に喜んでほしかったのだろう。しかし、母は、その花を父に投げつけて、「こんなのより、お金が欲しい」と言った。

父の姿は「お金を使うこと=悪いこと」いう方程式を私に刷り込んだ

少ないお金でも、子どものためにやりくりしてくれた母は偉大だ。「お金がない」と言われて育ったが、ひもじい思いをした記憶はあまりない。

一方で、私自身、何かを「欲しい」と強く主張することもなかった。物欲が少ない性格というのもあるかもしれない。でも、どこかで、「お金を使うこと=無駄遣いをする父=悪いこと」というような方程式が、自分の中に刷り込まれていたのかもしれない。また、父のように、無計画で歯止めのきかないお金の使い方になってしまうのではないか、と怖かったのかもしれない。

社会人になって、自分の稼いだお金で暮らすようになった。当たり前だけど、自分のお金は自分で管理する。
「お金は大切なもの」。それは、身に染みてわかっているつもりだ。だからこそ、何に使えば、大切に扱っているといえるのか、何に使ってしまうと無駄遣いなのか、その判断には慎重になった。

季節のフルーツは意外と高い。ビタミンCは摂りたいけど、これって無駄遣い?新しいサンダルを買おうと思うけど、去年買ったやつもまだ履ける。これって無駄遣い?
考えれば考えるほど、すべてが無駄遣いに思えて、お金を使うことに罪悪感を覚えていった。

私にとっての幸せな、私が私であるためのお金の使い方を見つけたい

お金を使わないと褒められることも多い。お弁当と水筒を持参して会社に通うと、「えらいね」と感心される。悪い気はしない。
でも、本当にただただお金を貯めていることに、価値はあるのだろうか。

お金は、持っているだけでは、ただの紙切れだ。物や経験と交換することで、初めて価値が生まれる。お金を使うことで、行ける場所、知れる経験がある。何にお金を使うのかを考えるのは大切だけど、短い人生の中で、使い方ばかりを悩んでいても仕方がない。

昨年から、思い切って、家族旅行にお金を使ってみた。非日常的な空間と最高のおもてなし、家族の喜ぶ顔に、私にとっての幸せな使い方の答えを見つけた。
また、元々大好きだった洋服も、ここ数年は、安くて着回しのきくシンプルなものばかりを選んでいた。心が踊らない、必要性重視の買い物は、苦しかった。
でも、最近、品質の高い赤のチェック柄のコートを買った。高くて何度も買うのを躊躇したけれど、着るたびに誇らしい気持ちになって、自分のことがもっと好きになれる気がした。
これもまた、私にとっての幸せなお金の使い方だと気づいた。

まだまだおっかなびっくりなところもあるけれど、誰かにとってではなく、私にとっての幸せなお金の使い方、私が私であるためのお金の使い方を見つけていきたい。