私の恩師はそろばんの先生。最初から楽しい訳ではなかったけど

最後に会ったのは、6年前。
私の恩師は、今も元気なのだろうか。

恩師に出会ったのは、小学校1年生の時。
友達がピアノやKUMON、水泳などを始めた時期だった。
その中で私が選んだ習い事は「そろばん」。
そろばんに興味があったわけでも、習いたいと自分から望んだわけでもない。
たまたま近所にそろばん教室があって、当時仲の良かった友達が通うと言ったから通い始めただけだった。
私の恩師。長い黒髪で、メガネをかけた、優しい人だった。
その人は、そろばんの先生だった。

最初からそろばんが楽しかった訳ではなかった。
友達と少しでも一緒にいられる手段だっただけ。
週1回だけ通っていた教室は、特別居心地の良い場所でもなかった。
ある時を境に、私のそろばん人生は変化した。
きっかけは、宿題の進度だった。
友達と全く同じ量出されていた宿題。ある日、友達がほんの少し多く、宿題をやってきたのだ。
そこから、徐々に差が開いてしまい、友達と同じ進度で進みたかった私は焦った。
「週1回じゃ追いつけない」
そう思った私は、週2回通うことにした。
そこから徐々に力をつけ、友達と会うために通っていたはずのそろばんは自分の生きがいになった。
友達と宿題の進度をそろえるために増やしたのに、友達が関係なくなるくらいそろばんが好きになっていった。

初めて挑戦した競技大会。先生が喜んでくれることが嬉しくて

習い始めて4年後、小学5年生の冬。
初めて競技大会に出た。
心臓がバクバクいって、心音が聞こえる中そろばんを弾いた。
初めて出場した大会だったが、何とか入賞。
結果を報告した際に、先生がすごくほめてくれた。
「もっとがんばれば、先生が喜んでくれる!」
自分が入賞したことももちろん嬉しかったが、何より先生が喜んでくれたことが嬉しかった。
私がそろばんで努力できた理由は、先生が喜んでくれるからだった。
その後も努力を重ねて、教室で1番にもなった。
ここまで進んだ生徒は久しぶりだと、先生は笑顔を見せてくれた。

お別れが決まったのは、突然だった。
中学3年生の冬。
第一志望の高校合格に向け、受験勉強に取り組んでいた時期だった。
教室に通うのをセーブしていたが、年内の挨拶をするために久しぶりに先生に会いに行った日だった。
少しだけ練習をして、帰る挨拶をしてドアを閉めた後だった。
先生が慌てて追いかけてきたのだ。
何か忘れ物をしたっけ?そう思った瞬間に先生から言われた言葉――。
「先生、年内で辞めることになったのー」

突然のお別れを告げられ、泣いた冬。先生へのメッセージ

そこからは頭が真っ白のまま家に帰った。
家に帰り、親の前で泣き崩れた。
ああ、自分は先生のために努力してきたんだ――。そう痛感させられた日だった。

先生が辞める前に、ハンカチと手紙を送った。
最後に先生に言われた言葉、「巡り会う時に、きっとまた会えるよ」。
先生が今どこにいるのか、詳しい場所はわからない。
連絡先は知っているから、会おうと思えば会える。
でもきっと、会うべき時に導いてもらえるはず。

先生、最後に会ったあの日から6年が経ちました。
成人もして、少しは大人になれたでしょうか。
今でも、思いだすことがあるんです。
最後まで練習で残っていた私と先生で、花火を見たこと。
教室から見える、5色のテレビ塔を見ると先生と過ごした8年間のこと。
今度会えたら、笑って一緒にお酒を飲みましょう。
もう1度、私にそろばんを教えてください。
私は、先生に教えてもらえて幸せでした。