もし今あなたに会えたなら、私は――あなたに謝りたい。
私には、隣に住む幼なじみの男の子がいた。いや、「幼なじみ」と言うほど仲良くはなかったかもしれない。2人で遊んだこともなかったし。今はただ「お隣さん」としておこう。
あなたと下校していた頃を思い出すと、自然と頬がゆるむ
小学生のとき、登校班が一緒だったので、毎日一緒に登下校していた。
低学年の時、私は一つ年上のあなたよりも身長が大きかったから、あなたはよく上級生にからかわれていた。私は恥ずかしくて、体を縮こませてみたけれど、それでも変わらずあなたの目は私の目よりも下にあった。
私たちの住んでいるところは、田んぼの広がる田舎で、通学路の途中に稲の籾殻(もみがら)が山と積んであるところがあった。
覚えているかな、籾殻を雪合戦のように投げ合って、服もランドセルもチクチクの籾殻まみれにして帰ったことを。
もちろん、たくさん怒られた。でも、なんでか、あの時のことを思い出すと、私は自然と頬が緩んでくる。
登校班でだんだん他の子と別れても、私とあなただけは最後まで一緒だった。「お隣さん」だからね。下校の最後には二人だけになることも結構あったよね。
他の子をはるか後ろに置いて、「どっちが先に家に着くか」とかくだらない競争をして走って帰ったりしてたから。
もう、あの頃私たちがどんな会話をしていたか思い出せなくなっているけれど、でも、「楽しかった」ということだけは鮮明に覚えているの。
声変わりして身長も伸び、私の知らないあなたが少し悲しかった
やがて、あなたは私よりも先に小学校を卒業し、中学生になった。
登下校を一緒にしなくなると、会うこともなくなった。
1年後、私も中学校に入学する。慣れない校舎の中、久々に友達と一緒にいるあなたを見かけた。友達とふざけて笑い合うあなたの声を聞いて愕然とした。
「え、そんな声だったっけ?」
久しぶりに聞いたあなたの声は、耳に馴染んでいた声よりも低く、少ししゃがれていた。「男の子は声変わりをするもの」。そんなことは知っている。だけど、私の知らないところであなたがこんなに変わってしまっているなんて、思いもしなかった。私の知っているあなたが、陽炎のようにぐらりと揺らいだ気がした。
上級生に「ちいせー」とからかわれた背だって、あなたはとうに私を追い越していた。きっと、隣に並んだら、私は首を上に向けなくちゃ、あなたの目を見ることはできないんだろう、昔はいつもそばにあったのに。
あの頃、私はあなたが特別に好きというわけではなかったと思う。他に憧れている人はいたし、他の人にドキドキすることだってあった。
だけど、独占欲だったのかな、変わってしまったあなたが少しだけ悲しかった。
久しぶりに見たあなたの顔を見て、口にした言葉は「げっ」
そんな感情をあんな形であなたにぶつけてしまったこと、本当に後悔している。
あの日、私は「お隣さん」に回覧板をまわしに家を出た。
「ピン ポーン」。インターフォンを鳴らす。
少しして中から足音が聞こえ、ガチャリとドアノブがまわる。おばさんかな。
「!」
出てきたのは、あなただった。久しぶりに真正面から見るあなたに、私はパニックになった。大人用に作っていた笑顔もあっけなく崩れ去る。
そして、私の口から出てきた言葉、それは――、
「げっ」
口にした瞬間、後悔した。違う違う違う!そんなことじゃない、久しぶりに会ったのにこんな態度をとりたかったわけじゃない。
でも、覆水盆に返らず。
あなたの顔が引きつったのが見えた。
私は羞恥のあまり、すぐに顔を伏せ、ろくにあなたの方を見ないで回覧板を押し付け、家に帰った。
失敗したと思った。謝らなきゃと思った。
絶対にあなたを傷つけたから。
届け物の用事を見つけては、あなたの家を訪ねた。でも、意気地なしの私は、あなたを目の前にすると大事な言葉を伝えられなかった。
あの日のことをきちんと謝りたいから、「もし」を現実にしたい
謝ることのできないまま、あなたは中学を卒業していった。
高校は別々だった。私は電車通学、あなたは自転車通学。お互いの行動範囲が変わり、会えなくなった。
隣に住んでいるのに、遠かった。
そして、今。
私は大学3年生、あなたは専門学校を卒業後、地元を出て社会人になった。
私はあなたのInstagramのアカウントを見つけ、フォローした。すぐにあなたからもフォローが返ってきた。
だからといって、DMで話したりはしていないけど。でも、細くても確かな繋がり。
私は今考えている。
あなたに連絡をして、あの日のことをきちんと謝りたいと。
ひとこと「あの日はごめんね」と伝えたい。そのために、「もし」を現実にしたいんです。